第5話

文字数 1,400文字

 「ヒマだけどヒマじゃない、ひひひひひひ、ヒマキンターイム!」
 ここで顎を突き出して変な顔をする。馬鹿みたいなワンパターンだが、対象年齢低めのチャンネルなので、仕方がない。でも、やっている時はそんなことを一欠片も思いはしない、子供たちの笑顔を想像して、楽しく、愉快に、怖くない良い人を演じ切る、たった一人でカメラに向かって。
 「さて、今日はねえ、ヒマキン、新しいみんなのおもちゃを紹介するよ!」
 ここでファンファーレと喝采の効果音が入る。まだ脳が発達しきれていない視聴者にとってはこれが楽しい。ドーパミンが出るぐらい興奮する。
 「ジャジャーン、今回のマテリアルは、ネルネルネルネルネルネルネルネル・・」
 ここで酸欠して倒れるふりをする。しかし倒れ方は唐突な危険なものではなく、ディズニーアニメのような大袈裟でわざとらしいもの。
 「ネルネルネールガンだよ!」
 画面が一転して、元に戻り、普通に解説が始まる。試し打ちで赤いジェル状の液体が放物線を描く。床には赤いジェルの道ができる。こんなもの、一般の家で使うと大変なことになる。外で使ったとしても廃棄物の処理など大変だろう。そこは隙なくキャプションが入る。「大きなお家や、体育館で、養生して、遊んでくださいね。」誰がそんなことをするんだろうという注意書きでも、それを入れると入れないとでは全く違ってくる。ヒマキンはカメラに向かって撃ったり、匍匐前進から狙撃するように撃ったり、天井目掛けて部屋を汚したりと「お寒いおふざけ」を一生懸命に行う。ヒマキンは常識も知能も知識もある普通の人である。それがわざわざ子供じみた愚か者の擬態を演じる。それを世界中に発信する。なんとも屈辱的でみっともない行動だが、これで人気者になり、評価を得て、お金持ちになれた。一度その地位に立つと、死ぬまで止めることはできない。金のためでなく、評価してくれる脳が発達しきれてない視聴者に対して、彼らの楽しみになっていることを止めてしまうと申し訳ないからだ。これは金のための汚れ役ではない。評価のための仕事なのだ。ピエロと一緒だ。小さな頃に見た着ぐるみや、ピエロになるのだ。脳が発達しきれてない小さな存在の人たちに、楽しい印象の思い出を作ってあげるのだ。それを評価されて、世界に笑顔が広がるんだ。これは良いことなのだ。そう思って、一人でジェル鉄砲を抱えて、ジェル塗れになって、ビニールの敷物の上でのたうち回る。でも一方で冷静なヒマキン、本名である芦田宏明は、こんな子供相手の馬鹿なことしてないで、塗れるのなら高級ソープのローションであって欲しいと切に願っていた。ヤりたいなあ、でも、ヒマキンが風俗なんて行ったたら、そんな噂が出たら、これまでの「良い人、楽しい人、愉快な人、一生懸命な人」という評価が吹っ飛んでしまう。くそ、オナニーがしたい!ヒマキンは聖人であることに疲れ切っていた。もし許されるのなら、ジェルに塗れたこの瞬間、ズボンを脱いで、パンツ脱いで、手にジェルをしっかりと抱え、そそり立ったペニスを握りしめ、カメラにケツの穴を向けて、シコシコしたいと思っていた。そんな時の顔を脳が発達しきれてない人たちに見せるわけにはいかないが、その愚劣で汚れた自由な行為を見せて、自分が人間であることを証明したかった。評価に閉じ込められるなんて、窒息するのと変わらないと芦田宏明は自覚していた。
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