第77話

文字数 1,227文字

 「あれ、あの警備員、見たことあるな。」
 ヒマキンがステージに上がった警備員に見覚えがあった。誰だろうと考えていると、警備員はヒマキンの方には来ないで、ステージ奥の若草と池上の方に行った。警備員は胸から何かを取り出した。ヒマキンは不穏な空気を感じた。
 「あっ、ダニーじゃないか!やっぱりお前はすごいよ。ここまできたんだな。でも計画は中止になったんだ。池ちゃんは君のことを心配していたそうだよ。」
 若草は警備員姿のダニーを見て、作戦実行能力の高さを評価した。池上は久々に見たダニーの姿を見て、消費者団の最後の集まり、公民館での出来事を思い出した。橘が追い詰められて、消費者団団員を殺そうとした時の姿だった。金属が擦り切れるような耐えきれない音が池上の中に広がっていく。
 「若草さん、ダメだ、逃げよう!」
 池上はそう言うと、若草の手を取って逃げようとした。若草はダニーによる池上殺しに巻き込まれては大変と、手を振り払い、池上とは逆の方向に飛び出そうとした。ダニーは昼寝から起きた時のように冷静だった。胸のポケットから銃を取り出すと、何の躊躇いもなく、引き金を引いた。消費者団の藪下が作った改造拳銃と違って、トリガーは少し重かったが、ある程度トリガーが引かれると、鉄槌が滑らかに動き出し、瞬時に破裂音がした。反動は少なく、ダニーは銃を手放し、すぐに逃避行動に移る。バタリと人が倒れる音、池上はすぐ横で倒れる若草を目で追った。ひざまづいた若草が、前に倒れ込む。池上はダニーを睨みつけて、手を伸ばす。ダニーはそれを振り払うと駆け出した。池上は、ダニーを追いかけた。
 「おい、茶谷!なんで、若草さんを撃った!俺を狙ってたんじゃないのか!」
 「インテリデブ、久しぶりだな。お前は偉くなったようだが、俺は、なんにもかわっちゃない。でもな、若草を殺して、俺はヒーローになれんだ!あいつはろくな人間じゃないんだろ!俺は知ってるんだ!それに、これは罪にならない。悪者をやっつけたんだから!」
 二人は舞台から地下に降りて暗い中を走っている。
 「どういう事だ!誰に言われて若草さんを撃ったんだ!」
 「言えないけど、そのうち分かるさ。俺は国民栄誉賞をもらうんだ!」
 運動不足で太った池上は、鍛えたダニーに追いつけない。ダニーが非常口を開けると外の光が入り込む。車が走ってくる音が聞こえた。逃げられてしまう。池上は焦ったが、ドンと言う衝撃音が聞こえた。車がタイヤを鳴らして猛スピードで去っていく音が聞こえた。

「若草さん!なんで!なんでこんなことに!」
まだ傘は開かれていたが、傘がまばらに取り下げられ、ステージ上の様子を観客が見ることになる。ひめにゃんがしゃがみ込んで、血を流す男に寄り添っている。さっきの音は発砲音だったのだと観客に理解が広まる。会場が騒然としてきた。撃たれてはならないと逃げようとする人もいたが、大半がスマホカメラを構えて、次の動きに備えていた。
「はーきゅいーん!」
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