第54話

文字数 1,334文字

「で、今日の演説台本だけど、誰が書いたんだ?」
「今回はAIです。」
「ふーん。なんか、やっぱり、違うなあ。こっちが要求する先延ばしの上手い説明はできているけど、なんか、出来過ぎで、隙がないんだよ。なんだろうね?要望を無駄なくなぞっているだけで、どうしようもないミスが見えてこない。人気者になるには、不安定要素がなんとなく漂わないといけないんだ。大丈夫?って心配が、いつの間にか興味を引き、期待に変わるんだ。それが、ない。やっぱ、人のライターに描かせて。」
お前がAI使えっていっただろうが!と田代は怒りたくなったが、この感情を引き起こしたのは、唐澤に対して不快感とともに、放って置けないというよくわからない期待があるのかもしれないと少しだけ思った。車窓から見えるビル群、日に照らされた反対側は影が伸びている。田代は、車が今すぐ日陰に入ればいいと思った。黒いセダンが暗い影に隠れれば、それだけ闇が深くなる。

ダニーは夜の繁華街に立っていた。これまでは、何かに怯えていたのか背中を小さく見せるように丸めていたが、ここ最近は背筋が伸びて、堂々としている。堂々としているダニーに血祭り事件の犯人として近づく人も減っていた。ある程度認知が広がり、珍しさが薄まったのもあるが、堂々とした元犯罪者に対して気軽に話せる度胸は一般大衆は有してない。一段下で、情けない状況だったから、自信をもって一般人は見せ物としてダニーに接していたが、ダニーが自信を持ち始めた雰囲気が、ちょっとした厄介なベールとなっていた。ダニーは仕事をせずに、行き交う夜の街の人々を、鳥や獣を眺めるようにじっと見ていた。その様は肉食獣の静けさを纏っていた。だから、ポン引きの仕事は開店休業になっていた。
ダニーの頭の中では、池上に正面から近づき、笑顔で公民館での消費者団の集まりを持ち出し、奴が、ももやん、大佐の死んだ二人のことをちゃんと覚えていて、何か悲しそうな、しかし懐かしそうな表情を浮かべたなら、右手で奴の腕をつかみ、素早く引き込み後ろに回り込み、後頭部を左手で抑え、奴の腕を手放し、腰元に用意したナイフを引き抜き、頸動脈を一気に切り付け、苦しみ少なく、世界から追い出す。それを頭の中で何度も繰り返す。失敗してはならない、一瞬でも遅れると、巨漢の池上を倒すことができない。街の景色を見ながら何万回も池上殺害をイメージする。腕の動き、相手の予想行動、ナイフの握り方など細部を細かく隙なく、完全な想像をする。頭の中で殺人を何度も繰り返す。池上は毎回、違う動きをする。振り返りそうになったり、膝を伸ばして飛び出ようとしたりと、生きようとする行動をする。体の重心が動けば、それに追従するように、追いかけ、仕留める。振り返ってきたら後頭部を押さえていた手で池上の目を塞ぎ、ナイフを水平に動かし、一気に引く。これだと苦痛の時間が短くて済む。これはかつての仲間だった池上に対しての思いだ。しかし、池上がタチバナの恐怖を話し始めたり、あの消費者団のことをなかったことにしようとしたら、滅多刺しで、血塗れ、苦痛、恐怖、絶望の中で、苦しみ抜き死ぬような殺し方、無駄で雑な方法を用いる。憎悪に任せた殺し方を想像して、その興奮に息が詰まる。
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