第21話 帰り道

文字数 1,452文字

 学校をあとにしたウツロと真田龍子(さなだ りょうこ)は、()()って朽木市(くちきし)の中心である朔良区(さくらく)町並(まちな)みを南下(なんか)していた。

 中心街(ちゅうしんがい)とはいっても、朽木市自体が閑静(かんせい)な都市であり、高層ビルなどもとりたたて多いというわけではなかった。

 二人は秋の夕焼けの中を、やはり下校中の学生たちがすれ違いざまに発する声などをBGMに、会話をしながら歩いていた。

(みやび)の言ったことが本当なら……刀子(かたなご)さんや氷潟(ひがた)くんが、そのおそろしい『組織』の人間だとしたら……もしかしたらこれからも、わたしたちに何かしてくるかもしれない、ってことだよね……?」

「うん、たぶん……何か、よくないことが起こりそうな気がするんだ……万城目日和(まきめ ひより)のことも気になるしね」

 真田龍子がこわごわと問いかけてくる。

 ウツロはそれに返答しながらも、『組織』や万城目日和のことが気がかりで、考えがまとまらない状態だった。

「万城目日和……いったい何者で、どこに(ひそ)んでるのか……あ、でもウツロ……変なことは考えちゃダメだよ? その、わたし……ウツロが何もかも背負(せお)って、苦しむところだけは、見たくないから……」

 真田龍子はウツロを心配していた。

 万城目日和の父である政治家・万城目優作(まきめ ゆうさく)は、ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)が手にかけた――

 それを受け、ウツロは彼女ともし出合ったとき、しっかりと向き合いたい――

 そう答えていた。

 そのことでウツロが、思いつめているのではないかと、真田龍子は気が気でならなかった。

「ありがとう龍子、心配してくれて。でも、俺は大丈夫だから。たとえどんなことが起ころうとも、俺は父さんの言葉を忘れない……どんな状況に(おちい)っても、自分を失ってはならないという言葉を……」

「ウツロ……」

 やっぱり苦しんでいる――

 真田龍子はそれを感じた。

 どうしてウツロが苦しまなければならないのか……?

 ウツロは何も、悪いことなんかしていないのに……

 そう考えると、彼女もまた、苦しかった。

 しかしこれ以上、言わないことにした。

 ウツロをさらに(わずら)わせることだけはしたくない。

 そんな気持ちからだった。

「俺よりも龍子、君のことが心配だ。またあいつが、刀子朱利(かたなご しゅり)が、龍子に何かをしてくるかもしれない……俺には、それが不安でならないんだ……」

「ウツロ、わたしは大丈夫だから……」

 お互いに「自分は大丈夫」と言い、気づかい合う。

 しかしそうすることによって、お互いに苦しめあう。

 わかりきってはいるのだが、二人の性格上、そういう態度を取るほかはないのだ。

 不器用だった、ウツロも真田龍子も――

 しかしながらその不器用さが、お互いの愛情に拍車(はくしゃ)をかけていた。

 皮肉にも、であるが。

「ただ、一つだけ言えるのは……」

 ウツロは歩きながら、真田龍子の手を(にぎ)った。

 やさしく、(つつ)()むように。

 顔をお互いに見合わせる。

 ウツロのそれは真剣そのものだ。

 その眼差(まなざ)しに、愛する者の顔が(うつ)()む。

「龍子、俺はどんなことがあっても、君を守る……!」

「ウツロ……」

 ウツロは静かに、だが決然と言った。

 握り合っている手からは、言葉以上のものが圧力となって伝わってくる。

「ありがとう、ウツロ……わたしも負けない、絶対に……!」

 つながる視線が、二人の少年少女の(きずな)を、さらに強く結びつけた。

 それはすでに、『絆』をはるかに越えたものになっていた。

 二人は手を(にぎ)()めながら、その時間を(いつく)しむように歩きつづけた。

 放課後の黄昏(たそがれ)が少しずつ、だが確実に落ちてくる。

 まるで彼らを侵食(しんしょく)するように――

(『第22話 ウツロと龍子(りょうこ)のもぐもぐタイム』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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