第7話 保健室の狂気

文字数 1,729文字

「ええ、お母様。刀子朱利(かたなご しゅり)氷潟夕真(ひがた ゆうま)が、ウツロに接触(せっしょく)したわ」

 ウツロの『演奏会』が終わったのと同時刻、同校内・保健室――

 星川雅(ほしかわ みやび)が一番奥のベッドに腰かけて、母親である皐月(さつき)と携帯電話で会話をしていた。

 彼女のほか、この場所には誰もいない。

 保健医も所用があるからと、一時的にではあるが、星川雅にこの場を(あず)け、どこかへ出かけていった。

 保健委員を(つと)め、精神科の名医である母に引けを取らない技術を持つと、彼女に全幅(ぜんぷく)の信頼を置いているからだ。

 もっとも、席を立つように誘導したのは、星川雅なのであるが――

―― 美吉良(よしきら)のやつ、(むすめ)を使って(さぐ)りを()れてきたわね。ウツロは(かり)にも似嵐(にがらし)の血を引く者。わたしの弱みを(にぎ)る気なのか……いずれにせよ、何かしらの利用価値を見出(みいだ)そうとしているのに、違いないんだわ ――

「どうする、お母様? 朱利と夕真のこと、始末する?」

―― ふふふ、雅ちゃん、その意気だわ。でも、まだよ。朱利ちゃんのママ、甍田美吉良(いらかだ よしきら)は、組織の中で兵部卿(ひょうぶきょう)という重要なポストにある。いくらわたしが閣下(かっか)懐刀(ふところがたな)とはいえ、そんなことをしたら、おとがめは(まぬが)れない。もう少し、もう少し待つのよ、雅ちゃん。わたしがきっと、あの母子(おやこ)をまとめてぶち殺せる『口実(こうじつ)』を用意するから。だからもうちょっと、もうちょっと待ってちょうだい、雅ちゃん? ――

「はい、わかったわ、お母様」

―― ふん、わたしは組織の典薬頭(てんやくのかみ)、閣下の御典医(ごてんい)だというのに……美吉良のやつ、役職上は自分が上だといばりくさって……そもそも似嵐家(にがらしけ)は、代々(だいだい)組織の大番頭(おおばんとう)であって、現に暗月(あんげつ)お父様は、(ぜん)・兵部卿だとういのに……まったく、あんな『事件』さえなければ…… ――

「……」

―― それにしても、ウツロって、かわいい顔ねえ。本当、子どものころの鏡月(きょうげつ)にそっくりだわ……(にく)たらしいくらいにね。ああ、いじめたい……わたしの『ワルプルギス』で、人形(にんぎょう)にしちゃおうかしら? ――

「……」

―― まったく、鏡月ときたら、よりにもよってあんなゴミ女と()()ちするだなんてね。わたしがどれだけ心配したと思ってるんだか。それこそ()()きにしてやりたいくらい心配したんだから ――

「……」

―― あ、何? 急患(きゅうかん)(はい)った? ああ、わかったわ。すぐ行くから ――

「……」

―― ごめんねえ、雅ちゃん。急ぎの養分、おほん、患者が入っちゃったみたい。とりあえず切るけど、朱利ちゃんには要注意よ? あの子、若い頃の美吉良とそっくりで、血の()(あま)ってるみたいだし。ただ、くれぐれも殺しちゃだめよ? 最悪でも顔面(がんめん)をザクロにする程度にね? それじゃ、またね、わたしの雅ちゃん ――

 電話が切れたあと、星川雅は携帯の端末をギリギリと握りしめ、その腕を高く振りかざした。

「……」

 しかし、精神を冷静にし、かざした腕から力を抜いた。

 腕を()ろす勢いに任せ、端末をベッドの上に(はじ)いた。

 黒い端末の画面には、履歴として母親の名前、ではなく、『クソババア』と登録された文字が、大きく映っている。

「バーカ」

 画面をにらんだあと、彼女は少し(くちびる)()んだ。

 そして大きく深呼吸をし、心のスイッチを切りかえた。

 端末を(ふところ)にしまうと、授業に出るため保健室をあとにした。

 これが星川雅の『日常風景』なのであった。

(『第8話 ありふれた高校生活、ではなくて……』へ続く)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み