第72話 処遇

文字数 1,409文字

 倉庫の中へ数名の黒服たちが入ってきて、意識を失った星川皐月(ほしかわ さつき)、ならびに刀子朱利(かたなご しゅり)氷潟夕真(ひがた ゆうま)を、中型のバンに乗せて「回収」していった。

「虎太郎くんよ、いったいどういうつもりだ?」

 真田虎太郎はアルトラ「イージス」の能力で、ウツロと万城目日和(まきめ ひより)の応急処置を試みている。

「姉さんほどの回復力はありませんが、それでも気休め程度にはなるかと思います」

「だから、ウツロはともかく、なんで俺まで助けるんだよ? 俺はおまえの姉ちゃんをさらったんだぜ? 恨むならともかくさ」

「さあ、僕にもよく、わかりません」

「……」

 彼については情報を持っているだけだったが、万城目日和には少し、どういう人間なのかわかってきた。

 ウツロと同じく、甘ちゃん野郎。

 しかしおそらく、自分は負けている。

 精神的な強さという意味で。

 その強さとはやはり、ウツロのいうとおり、おのれの弱さと向き合うことから生じているのだろう。

 それを考えていると、なんだか自分のやってきたことが、おそろしくバカげているように思えてきた。

「万城目日和さん、あなたの眠らせるにおいの効力は、時間に換算してどれくらい持続するものなのかしら?」

 銃を懐にしまった甍田美吉良(いらかだ よしきら)がたずねてくる。

「ま、だいたい半日強ってとこか。ちょうど明日の朝くらいには目を覚ますだろうぜ」

「そう、ありがとう。それを聞いて、安心したわ」

 彼女はきびすを返し、その場を立ち去ろうとした。

「お待ちください、兵部卿(ひょうぶきょう)。俺たちをあなたがたの組織、龍影会(りゅうえいかい)の総帥閣下のところへ、連行するのではないのですか?」

 甍田美吉良は足を止めて振り返った。

「今回の件は不問にふす。万城目さん、あなたのことも含めてね。それが閣下のご意思よ」

 彼女は薄くほほえんでみせた。

「いいのかい? 俺はあんたらの組織に手ぇ出したんだぜ? そしてもちろん、今後もやるつもりだ。これがどういう意味か、大幹部・七卿(しちきょう)のひとりであるあんたなら、わかるよな?」

 万城目の言ったことの意味が、ウツロにはわからなかった。

 なぜだ?

 なぜ龍影会を狙う?

 日本を陰で支配するという組織に。

 勝てる見込みなど、あるとでも思っているのか?

 彼にはその理由が、気にかかってしかたがなかった。

「さあ、あのお方の考えることを把握しようなどという行為自体が、おそれおおいことだからね。ただ、これだけは告げておくわよ、万城目さん? あいつ(・・・)もまた、あなたを狙っている。それだけは確かに、覚えておいてね?」

「くっ……」

 ウツロは気がついた。

 「あいつ」という単語を聴いた途端、万城目日和の目つきが変わったことに。

 どういうことなんだ?

 あるいはその「あいつ」と呼ばれた人物が、彼女が組織をつけ狙う理由なのか?

 わからないことが多すぎる、あまりにも。

 そんなふうにグルグルと思考をめぐらせた。

「それじゃあ、失礼するわね。ウツロくん、あなたとはまた、会えそうな気がするわ」

「……」

 甍田美吉良は去った。

 それを確認したウツロは――

「う……」

 急激な安堵感で一気に意識が遠くなり、その場へと倒れ込んだ。

「ウツロさん!」

「おい、ウツロ! しっかりしろ!」

 無理もない。

 たった数時間のうちに、刀子朱利と氷潟夕真、そして万城目日和、おまけに星川皐月と、休む暇もなく壮絶な戦いを繰り広げたのだ。

 ここまでもったのが、むしろ奇跡である。

 たび重なる死地を越え、彼は深淵のような眠りの中へと、落ちていった――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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