第53話 果たし状

文字数 1,331文字

「ん……」

 ウツロは目を覚ました。

「いっ……」

 体の節々が痛む。

 しかし、覚えのある感じが、自分の傷をやわらげていることに気がついた。

龍子(りょうこ)……」

 そうだ。

 刀子(かたなご)に龍子がさらわれて、俺は氷潟(ひがた)と戦って……

 そのあとの記憶はないが、おそらく俺は負けたんだろう。

 しかしそうなると、ここは……

「保健室……それにこの治療のあとは、(みやび)の仕事だ……」

 実際に、感覚に頼るところだけではなく、周囲から真田龍子(さなだ りょうこ)星川雅(ほしかわ みやび)のにおいがする。

 だがそれは、ウツロの鼻でもやっと捉えられる程度のものだった。

「誰も、いない……」

 暮れなずむ室内。

 自分がベッドに寝ているほかは、人気はまったくない。

 氷潟に敗北したはずの自分がなぜここにいるのかはともかく、いったい何が起こっているのか、さっぱりつかめない。

 なんだろう?

 猛烈な胸騒ぎがする……

「これは、柾樹(まさき)がつけている整髪剤のにおい……彼も、いたのか……?」

 南柾樹(みなみ まさき)の気配も感じ取り、いよいよ事態がわからなくなってくる。

 いったいなんだ?

 何が起きているというんだ?

「――っ!?」

 強烈な殺気、すぐ横からだ。

 ベッドわきのサイドボード、見覚えのある雰囲気の封筒が、ちょこんとおいてある。

「まさか、万城目日和(まきめ ひより)……」

 そうだ。

 以前、自分の靴箱に入れられていたものと同じもの……

 殺気の出どころはまさに、その封筒からだった。

「……」

 ウツロは震える手を黙らせ、おそるおそる封を開けた。

「これは……」

 折りたたまれたごく平凡なコピー用紙。

 生唾を飲みつつそれを開いてみる。

「……」

 彼は戦慄した、その文言に。

 前回と同じく、古風にも新聞や雑誌を切り抜いて作られた言葉。

――

ウツロ

仲間たちは預かった

湾岸の倉庫へ来い

これは

果たし状だ

――

「果たし状、だと……?」

 彼は頭を整理しようと試みた。

「落ち着け、落ち着け……」

 龍子たちは万城目日和の手にかかって、拉致されたと考えるのが妥当な線だ。

 そして、湾岸の倉庫……

 朽木市(くちきし)のブロック分けでいうと、現在地である黒帝(こくてい)高校が位置する朔良区(さくらく)の南、坊松区(ぼうのまつく)朽木湾(くちきわん)に面した港にある廃工場、あそこには確か、使われていない倉庫があった。

 おそらくはそこに違いない。

「早く、しなければ……」

 封筒の近くにはご丁寧に、ウツロの使っている端末も置いてあった。

「万城目日和め、いったい何を考えている……?」

 彼はそれをひったくると、ハンガーにかかっていたブレザーを着込み、床にそろえてある革靴にはきかえた。

 これも準備されたことなのかと、とても奇妙な感じがした。

「しちめんどうだ」

 昇降口へ行くのではなく、保健室の窓を開け、そこからジャンプした。

 そして夕闇迫る中、学校の門を抜け、そのまま南へと走った。

「果たし状、果たし状か……」

 万城目日和の父・優作(ゆうさく)は、ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の手にかかって殺害されている。

 似嵐鏡月が今わの際に教えた情報だ。

 おそらく、息子である自分への復讐を考えているのだろう。

 ゆえに、果たし状……

 そんなことを考えた。

「みんな、どうか無事でいてくれ……!」

 きっとこれから、おそろしいことが待っているに違いない。

 しかし、選択肢などない。

 ウツロはただ、湾岸の倉庫へ向け、ひたすらに地面を蹴った――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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