「わたしも
佐伯くんが、好き」
刀子朱利はウツロの
唇を
奪った。
「――っ!?」
はち切れそうな制服の
谷間が、彼の
腕にこすりつけられる。
ウツロは反射的に後ろへ
跳躍した。
「……」
口を手で
覆う。
衆目の
場での
大胆きわまる行動に、彼は
困惑した。
「……ば、朱利っ! なにやってんだよ!?」
「うるさいなー、
瑞希。中学の同級生じゃなきゃ、ぶっ殺してるとこだよ?」
「な……」
長谷川瑞希がとがめたが、刀子朱利はそれをおそろしい言い回しで
弾き
返した。
にらんでくる顔に
不敵な
笑みで
返礼する。
「刀子さん」
日下部百合香が前に出た。
彼女は腕を組んで、冷静な
眼差しを送っている。
「あなたが何を思い、どう行動するかは、あなたの自由だけれど、こういう
公共の場で、あまり『やんちゃ』は、よろしくなくてよ?」
「ふん……」
先輩からの静かな
威圧に、刀子朱利は「気に食わない」という顔をした。
「はーい、すみませんでした、日下部せんぱーい。でも」
「――?」
わざとらしく両手を挙げ、「参りました」というしぐさをしたが、
「あんまりわたしを
怒らせると、先輩の弱みとか、
握っちゃうかも、ね?」
「……」
実質的に
脅迫する言葉を
吐いた。
ひらりと後ろに手を組みなおして、前のめりの
姿勢から、日下部百合香の顔を見上げ、なめるようにニヤニヤとのぞきこむ。
狂気をチラつかせられたことに、
心中こそ
穏やかではなかった。
だが日下部百合香は、負けじと
眼下の
不気味な少女に、
戒めの視線を送りつづけた。
「ぷっ! やだなー、
冗談ですよー! そんなこわい顔しないで。ああ、みんなもさー! あ、そうそう、授業が始まっちゃうー。さ、さ、みんな、急がなきゃねー」
刀子朱利は
肩を
揺らせてケラケラと笑った。
「じゃ、お先にー。あ、そうだ、
真田さん」
「……」
彼女は
真田龍子を見て、
「佐伯くんは、わたしがもらうからね?」
そう言ってもう一度、不敵にほほえんだ。
顔は笑っているが、その目は明らかに、真田龍子を
見下していた。
「わーい、
遅れうっ」
そのまま
何事もなかったように体を
翻して、その場をあとにした。
ウツロは遠ざかっていく彼女の背中を見つめた。
刀子朱利……
もしかして俺を、『
値踏み』したのか……?
彼は気づいていた。
あの
赤毛の少女が自分に
接触するとき、ほんの一瞬だけ見せた
鋭い
殺気に。
あれは
常人のものではない。
人間を
殺傷すること、それが体に
染みついている者だけが
放つことのできるものだ……
刀子朱利……
いったい彼女は、何者なんだ……?
ウツロは先ほど受けた
辱めよりも、それが気になってしかたがなかった。
いっぽう、真田龍子は
沈黙していた。
ウツロにキスを……
わたしのウツロに
……
こんな
侮辱があるだろうか?
しかもあの女はそれを
恥じることもなく、むしろ
逆に『
宣戦布告』をした。
わたしのウツロを
、
わたしから奪う
――
そう『
宣言』したんだ……
刀子朱利、許さない……
わたしのウツロを
、
よくも
、
よくも
……
このように真田龍子は彼女にしては
珍しく、
嫉妬の
炎をメラメラと燃えたぎらせたのだった。
「なんなの、あいつ、頭おかしいんじゃない? あ、龍子、あんなやつのこと、気にしなくていいから……」
「いや、瑞希、わたしは平気だから……でも、ありがとう……」
真田龍子は人格を
疑われまいと、必死で
気丈にふるまった。
「ったく、昔からああいうとこあるんだよね。ネジがぶっ飛んでるっていうかさ。きっと母親が現役の防衛大臣なのを、鼻にかけてるんだよ」
長谷川瑞希は気を使って、真田龍子の気持ちを落ち着かせようと、口を動かした。
「刀子さんのお母さん……防衛大臣って、
甍田美吉良大臣のこと?」
「ああ、そうなんです。『刀子』は
母方の
姓らしくて……なんでそれを名乗ってるのかは、わからないけど……あ、でも……なんでも、古流武術だかなんだかを、
継承してるって家らしくて……」
彼女は流されるまま、なじみの少女の
素性を話した。
「そういえばあなたたちのクラスに、もうひとり
閣僚か
官僚のお子さんがいなかったかしら?」
「ああ、
夕真のことですね? 確か彼の父親は、えーと……内閣官房室長? だかをやってる人で……」
「
氷潟夕慶でしょ? 名前が似てるから、もしかしたらと思っていたんだけれど。とんでもないサラブレッドなのね」
「二人とも
幼なじみらしいですね。わたしは中学校でいっしょで、そこからしか知らないけど、あんまり仲いいって感じでもなかったですよ」
会話はいつの
間にか、刀子朱利と氷潟夕真の話題へとシフトしていた。
「おほん、
諸君」
「うわっ!?」
音楽教師・
古河登志彦の
咳払いに、
一同はびっくりしてわれに返った。
「うわっ、じゃないよ。なんだか先生、傷つくなー。ほらほら、授業が始まっちゃうよ? 今日も
一日、勉学にいそしみたまえ。さあ、行った行った」
彼は残った者たちへ音楽室からの退室を
促した。
「真田、行こう」
「あ、うん、佐伯……」
ウツロは真田龍子の手を
掴んだ。
「……」
その手は
小刻みに
震えていた。
「長谷川さん、わたしたちも行きましょう?」
「え、あ、はい、先輩……」
四人は連れ立つように、音楽室をあとにした。
(『第5話
校舎裏の会話』へ続く)