第71話 ウツロ VS 星川皐月

文字数 1,509文字

「推して参ります、伯母さま……!」

「ウツロ、この毒虫が! かかってこいやあああああっ!」

 こうしてウツロと星川皐月(ほしかわ さつき)、甥と伯母の対決は開始されたのである。

「ウツロさん……」

 真田虎太郎(さなだ こたろう)は険しい表情でそれを見守っている。

「秘剣・纏旋風(まといつむじ)っ!」

 星川皐月が回転しながらウツロへと襲いかかる。

「はっ!」

 ウツロは再び跳躍し、伯母の上空を取った。

 すでにこの技を彼は何度も目にしているし、台風に対して「目」を狙うのは必定である。

「バ~カ、二度も食らうかよ! 二の秘剣・(きし)(ぐるま)あっ!」

「くっ――!」

 星川皐月は回転の仕方を変え、ドリルのように上方を抉った。

 ウツロはその攻撃をなぎ、間合いを取って着地する。

「対空の攻撃は想定してなかったか? 論外なんだよ、兵法家としてな。そんなんでよくも、似嵐を名乗ろうと思ったよな。あ、ウツロ?」

 伯母は大刀を肩でトントンとさせながら、甥の未熟さを指摘した。

 しかし、この程度で折れるいまのウツロではない。

「確かに、俺はまだまだ未熟です、あらゆる面において。しかしながら伯母さま、俺は強くなると宣言します。それはすなわち、おのれの弱さと向き合うことによって……!」

 弱さと向き合うことこそ、強さを生み出す。

 ウツロの信じる考え方であり、意志であった。

 それは誰あろう、父・鏡月や兄・アクタから、その命と引きかえに学んだことでもあった。

「な~に、ごちゃごちゃ抜かしてんだか。まさに虫ケラの思想だよな? 生まれつき強いやつが、一番強いに決まってんだろうがよ? わたしのようにな、はははっ!」

 星川皐月は肩を震わせてケタケタと笑った。

「残念です、伯母さま。おそらくそれが、あなたの唯一にして、最大の弱点だ……」

「はあ? 何を言って――」

 体がモゾモゾする。

 肉体の内側から何かが、外側へ向かってのぼってくるような感覚がある。

「な、なんだ……?」

 両腕の皮膚が盛り上がり、血しぶきを伴って爆ぜた。

「ぐ、が……」

 コンクリートの上におぞましい生き物たちがドバドバと落下していく。

「ガの卵を植えつけておきました。先ほどあなたから攻撃を受けたときにね。それでもう、刀を振るうことは難しいでしょう」

 女医は脇を押さえて止血を試みた。

 出血の量は減ったものの、これではまともに力を出すことなどかなわない。

「ああ、きもっ、きも……わたしによくもこんな真似を……ああ、屈辱だわ、ウツロ……あんたなんかに劣勢を敷かれるなんてね。さてさて、どうしてくれようか……」

 彼女は必死になって考えていた。

 この状況をいかにして打開するかを。

「皐月先生! もうやめてください! 先生もウツロさんも、もうボロボロです! これ以上の争いは無意味です! どうか、どうか!」

「虎太郎くん……」

 真田虎太郎はこのように提案した。

 ウツロは思い出した。

 父のときもそうだったと。

 この光のような勇気は、どこからやってくるのか?

 彼にはそれがやさしく、輝かしく、そしてまた、何よりも頼もしかった。

「申し訳ないけれど虎太郎くん、わたしはいまこの場で、その毒虫クソ野郎をぶち殺すことに決めているの。これは確定事項なのよ、ブレるわけないじゃない?」

「ならば、伯母さま――」

「死ね、ウツロおっ――!」

 真田虎太郎の駆け引きもむなしく、二人はやはり激突した。

「うっ……」

 女医の首筋に、ボールペンのような物体が突き刺さった。

「これ、は……」

 甍田美吉良(いらかだ よしきら)に手に、小型の銃が握られている。

「対アルトラ使い用に開発された筋肉弛緩剤。皐月、申し訳ないけれど、それでしばらく眠っていてちょうだい」

「ぐ、よし、きら……」

 星川皐月は白目をむき、その場へと倒れ込んだ――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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