第5話 校舎裏の会話

文字数 2,379文字

 刀子朱利(かたなご しゅり)が音楽室を出て階段を()りると、下階(かかい)へ続く(おど)()窓辺(まどべ)に、ハンドポケットでうなだれる氷潟夕真(ひがた ゆうま)が目を閉じて立っていた。

「あら」

 赤毛の少女の反応に、金髪の少年はスッと目を開けた。

 上段から見下(みお)ろす刀子朱利に対し、氷潟夕真は沈黙(ちんもく)したまま、にらみ上げるような視線を送りつづけている。

「何よ?」

「……」

 問いかけを受けても、やはり(だま)ったままだ。

「ふん、つまらないやつ。まあいいよ、ちょっと顔、貸してくれる?」

 刀子朱利は誘導するように、氷潟夕真の横を(とお)りすぎて、下の階へと歩いていった。

 金髪の少年はしたがうままに、赤毛の少女のあとへと続いた。

   *

 二人は校舎(こうしゃ)(うら)――(かく)れて喫煙(きつえん)をしている教職員たちがたまり()として使っている、人気(ひとけ)のないスペースへと移動した。

特生対(とくせいたい)のデータベースからいただいた情報、あんたも確認したよね?」

「ああ……」

 非常用出口の前で腕を組み、刀子朱利は語りはじめた。

 氷潟夕真は例によってハンドポケットのまま、つぶやくような口調(くちょう)で返した。

「あんた、もうちょっとハキハキしたらどう? その態度、昔からすごくイラつくんだよね」

「……」

 氷潟夕真は校舎の(かべ)に体を(あず)け、彼女をギロリとにらんだ。

「ああ、もういい、わかったから。で、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)だけど。あのオンボロアパートの新入(しんい)り、なかなかの(こう)スペックじゃない。さすがは似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の息子ってとこかな」

毒虫(どくむし)のウツロ」

「そうそう、ウツロ。ついこの間まで、俺は(みにく)い毒虫なんだあ、なんて言ってたガキが、短期間でずいぶん成長したみたいじゃん。まあ、わたしたちにかなうわけないけどね」

「甘く見るな、朱利。ああいうタイプは、土壇場(どたんば)で強い……」

「あら、ずいぶん高く買ってるんだね。もしかして、怖気(おじけ)づいてるの?」

「さあな……」

「まあ! どうせまた、にらみ返してくるのかと思ったら、意外だね!」

「……」

 刀子朱利は眉間(みけん)にしわを寄せ、(けわ)しい顔つきになった。

「ウツロのアルトラ、『エクリプス』……虫を(あやつ)るだなんてキモい能力だけど、どう? あんたの『ライオン・ハート』で、勝てる?」

「虫が獅子(しし)にかなう道理はない、が、それは自然界での話……同じ人間どうしがアルトラを使ったとき、どうなるか、だな……」

「はっ、急に饒舌(じょうぜつ)になったじゃん! やっぱりあんな毒虫野郎のこと、気になってるんだ!?」

「お前なら、どうなんだ?」

「ふん、あんなカスみたいなアルトラ、わたしの『デーモン・ペダル』に、かなうわけないじゃん?」

油断(ゆだん)は、禁物(きんもつ)だ……」

「ああ、腹立つ。なんなのあんた? 何が言いたいの?」

 氷潟夕真は体を返し、その場をあとにしようとした。

「ちょっと、待ちなさいよ! 話はまだ――」

「授業が始まるんだろ?」

「っ……」

 たくましい背中は、そのまま遠のいていく。

 刀子朱利は後ろから、忌々(いまいま)しいという顔で、その姿をにらんだ。

南柾樹(みなみ まさき)

「……」

 その単語に氷潟夕真は反応して、立ち止まった。

「あんた、ずいぶんあいつにご執心(しゅうしん)みたいじゃない? 毎日毎日、河川敷(かせんじき)時代錯誤(じだいさくご)のタイマンなんか()っちゃってさ? さっきウツロのここといい、あんたもしかして、こっち?」

 刀子朱利がほほに手を返した次の瞬間、

「――っ!?」

 遠くにいたはずの彼が、眼前(がんぜん)で彼女をにらみつけていた。

 目にも止まらない速さで移動したのだ。

 凶器(きょうき)のようなその眼差(まなざ)し。

 氷潟夕真の実力(じつりょく)を知る刀子朱利は、さすがにこの場はと譲歩(じょうほ)することにした。

「な、何よ……わ、悪かったわよ……」

「……」

 彼は体を(ひるがえ)して、再び彼女から遠ざかっていく。

「わたしはウツロと真田龍子(さなだ りょうこ)を見張るから、あんたは(みなみ)をお願いね? ああ、それと、(みやび)には手を出さないでね? あいつはわたしが、じきじきにぶっ殺すんだから」

 氷潟夕真は何も答えず、歩くのをやめすらしない。

 話を聞いているのはわかっているが、あまりのいけすかない態度に、刀子朱利はご立腹(りっぷく)だった。

「わたしのママは七卿(しちきょう)のひとりなんだからね? 組織のヒエラルキーじゃ、あんたのパパより上ってわけ。そこのところ、忘れないでほしいなー」

「ママの肩書(かたが)きがそんなに大事か?」

「てめえっ!」

「はいはい、わかってる。(おお)せのままに、甍田兵部卿(いらかだひょうぶきょう)のご息女(そくじょ)さま?」

「ふん……」

 遠くほうではぐらかされ、彼女はいよいよ腹立(はらだ)たしくなった。

「ほんっと、ムカつくやつ……ま、せいぜい役に立ちなよ、夕真? わたしの『コマ』としてね。ぷっ、あははっ!」

 校舎裏でひとり、刀子朱利は笑いつづけた。

(『第6話 教室までの十分間(じゅっぷんかん)』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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