第35話 元帥試験

文字数 2,039文字

「どうしたの? 顔が青いよ? 毒虫のウツロくん(・・・・・・・・)?」

 浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)が言い放ったそのセリフに、ウツロの頭は真っ白になった。

 どうしてそれを……?

 やはりこの男、組織の人間なのか……?

 彼は混乱して言葉を失った。

「そうだよ。俺は組織の人間さ。この国を実質的に支配している組織のね」

 浅倉喜代蔵はニタニタしながら言った。

 まるで心を読んでいるかのようだ。

 悟られている……

 いや、もしかしてアルトラか?

 心を読むアルトラがあったって不思議じゃない……

 くそ、この状況、いったいどうすれば……

 ウツロの思考回路はますます乱された。

「安心しな、ウツロくん。これはアルトラじゃない。俺は予想して君の考えていることを当てているだけだよ」

「……」

 見透(みす)かされている、俺としたことが……

 ウツロは恐怖に加え、屈辱(くつじょく)にも似た感情に、(くちびる)甘噛(あまがみ)みした。

「俺はその組織のナンバー2、元帥(げんすい)というポジションにある者なんだ。身内からは『鹿角元帥(ろっかくげんすい)』なんて呼ばれてるけどね。とにかくいま俺は、総帥閣下(そうすいかっか)の命令で動いている。(かしこ)い君なら、どういうことかわかってくれるよね?」

 ウツロは相変わらず固まったままだが、もしやと思うところがあった。

「そう、これは『試験』なんだ、ウツロくん。君が閣下のお眼鏡(めがね)にかなう人物かどうか、見極(みきわ)めるためのね。あのお方は君に興味があるらしいんだ。どんな人間か、確かめてこいとの(おお)せでね。参謀(さんぼう)の立場である俺をつかわしたというわけなんだよ。ここまではオーケーかな?」

 ウツロは背筋(せすじ)が寒くなってきた。

 それは目の前にいる中年男にではなく、『閣下』という単語に対してだった。

 日本を支配するとまでいうその組織のトップ、星川雅(ほしかわ みやび)述懐(じゅっかい)によれば、人間を抹消(まっしょう)しておきながら、それに気づきさえしないという怪物――

 まるで異次元だ……

 俺なんかには想像すらつかない……

 そう思うと、あまりの得体(えたい)の知れなさに、体が凍りついてくる。

 しかし浅倉喜代蔵は、そんなウツロのしぐさに満足そうだった。

「こわいでしょ? マジでこわいんだよ、あの人。この俺ですら、気分次第(しだい)でいつ消されてもおかしくないんだから。でも俺は、かれこれ10年はあの方におつかえしている。これがどういう意味かわかるかな、ウツロくん?」

 一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)が恐怖をあおってくる。

 何が言いたいんだ、この男は?

 ウツロは口を(ひら)いたまま、冷汗(ひやあせ)()らした。

「閣下もじゅうぶん、わかっているんだよ。俺に手え出したら、ただじゃすまないってことをね。つまり、閣下には負けるけど、俺もかなりヤバいってこと。何が言いたいか、わかる?」

 言いたいことはわかってきたが、いちいちあおるのはやめろ。

 いや、これも術中(じゅっちゅう)に落とし込むための奸計(かんけい)なのか?

 ウツロは生唾(なまつば)を飲み込んだ。

「俺はね、ウツロくん……その気になれば、次の瞬間、君をこの世から消すことができる……ひとかけらの肉も残さずにね……それくらい強力なアルトラを持ってるってことだよ」

 浅倉喜代蔵は顔を寄せ、スローモーションのように言った。

 ウツロは飲んだ生唾がのどにつかえそうな感覚に(おちい)った。

「どうする? 虫を(あやつ)る君の力、エクリプスで俺と勝負するかい? ここは畑だ、虫ならたくさんいるだろうねえ」

 浅倉喜代蔵はヘラヘラしている。

 いけない、このままでは飲み込まれる……

 どうする?

 この男の言うとおり、アルトラを出して戦うか?

 いや、やめたほうがいい……

 理由はわからないが、俺の体がそう言っている……

 これまでの鍛錬(たんれん)や戦闘の経験からなのか……

 とにかく、この男と戦うのだけは、絶対にやめろ、と……

「試験とは……」

「ん?」

「あなたは試験とおっしゃった……その内容を、教えていただきたい……!」

「……」

 乾坤一擲(けんこんいってき)、まさにそれだった。

 細胞が戦闘を止める以上、この男の提案を飲むしかない……

 山のように地面に食らいつく体をやっと動かし、ウツロはイチかバチかの()けに出た。

「面白い……素敵だねえ、ウツロくん。そのがんばっている感じ、気に入ったよ。試験の内容はね、閣下から質問を一つ授かってきたんだ。それを君に答えてもらって、その解答に俺が満足すれば、この場で君に危害(きがい)を加えるようなことは、絶対にしないと(ちか)おう。だが、もし答えが気に食わなければ……」

 浅倉喜代蔵は口角(こうかく)をつり上げた。

「君にはひき肉になってもらうよ?」

 その瞳孔(どうこう)(しゅう)れんするのを見て、ウツロの心臓は岩のように固まった。

 逆らってはならない、逆らえば、すなわち……

「いいかな? いいなら、その質問を言うよ?」

 ウツロは緊張で破裂(はれつ)しそうな体を(だま)らせた。

「……お願いします」

 唾も飲み込めなくなった口で、そう言った。

 それを受け、浅倉喜代蔵は一拍(いっぱく)()を置いてから、ゆっくりと口を(ひら)いた。

「ウツロくん、君は、自分が生まれてきたことを、不幸だと思うかい?」

「……」

 意外な内容に、ウツロは驚いた。

 しかし、心の奥底(おくそこ)からわき上がる、一つの言葉があった――

(『第36話 アップグレード』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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