第62話 反撃開始

文字数 1,271文字

「さあ、万城目日和(まきめ ひより)、反撃開始だっ――!」

 ウツロはこのように、逆襲を宣言した。

「じょ、上等だよ……ウツロおおおっ……!」

 万城目日和(まきめ ひより)が突進する。

 しかしそれは、現実として破れかぶれそのものだった。

「死ねえっ――!」

 トカゲの鋭い爪が振り下ろされる。

 だが――

「あれ……?」

 いない、毒虫の戦士が。

「うしろだ」

「はへっ……?」

 振り向くと確かに、そこに立っている。

「早すぎるかな? いや、ひょっとしたら、おまえのほうがとろいのかもな」

「……っ!」

 余裕極まりないウツロに、万城目日和は牙ではぎしりをした。

「くっ、くっそおおおっ!」

 岩石のような拳が、矢継早に連打を放つ。

 ウツロはそれを、ハエを振り払うようにいなしていく。

「どうした、万城目日和? 父の仇を取りたいんじゃないのか?」

「ぐっ……きっ、さっ、まあああああっ……!」

 彼の挑発、その意図は断じて、彼女を侮辱するためのものではない。

 むしろ、その逆。

 答えを見出してほしい。

 その思いからだった。

 万城目日和にはわかっている、嫌というほどに。

 そのいたわりの精神がやはり、彼女の心をズタズタに引き裂き、傷つけるのだ。

 認識の不一致、それは理解している。

 だが、こうなってしまうのだ、結果として。

 二人ともそれが、何よりももどかしかった。

 ウツロはついに片手で、重い打撃を次々と払っていく。

「ちく、しょ……」

 トカゲのまなこから涙がしたたり落ちる。

「……」

 加速する連打。

 しかし、もう勝負など決まりきっていた。

「ちくしょう、ちくしょう……」

「万城目日和……」

 ひざから地面へと崩れ落ちる。

「うっ、ううっ……」

 ひざがしらを握り、滝のように落涙する。

「なんで、なんでだ……? これじゃあ、俺がいままでやってきたことは? てめえの親父から、それこそ死ぬ思いで技を盗んだってえのに? このザマはなんだよ? 何の意味があった? 俺の人生に? 俺の存在に? なあ、ウツロお、教えてくれ……教えてくれよおおおっ……!」

「万城目日和……」

 激しく嗚咽しながら、自身の本心を吐露する。

 いや、それはあるいは、「白状」というほうが正確かもしれなかった。

「苦しい、苦しい……なあ、ウツロお、俺の人生を、返してくれよおおおっ……!」

「……」

 ウツロは思った、あのときの自分と、そっくりだ……

 父に人生を蹂躙され、奴隷道徳へ陥り、蒙に入っていた、あのときと。

 あのとき、俺を救ってくれたのは、そう、龍子(りょうこ)だった……

 平穏な生活の中で忘れかけていた感情が、彼の心の中にわき起こった。

「うっ、ううっ……魔王桜(まおうざくら)の野郎から、こんな醜いトカゲの姿にまで、変えられちまって、うっ、ううっ……」

 赤ん坊のように泣きじゃくりつづける。

 ウツロはだんだんと、腹が立ってきた。

 それはほかでもない、かつての自分の姿を投影したからだ。

「ううっ、くそっ、くそっ……俺なんか、俺なんかあっ……生まれてこなければ、よかったんだあっ……!」

 ぺしんっ!

「……」

 トカゲのほほを、平手が打った――

「めそめそ、してんじゃあ、ねえええええっ……!」
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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