第13話 万城目日和からの手紙

文字数 1,108文字

 星川雅(ほしかわ みやび)刀子朱利(かたなご しゅり)が体育倉庫で激闘を()(ひろ)げているころ、思索部(しさくぶ)の部室をあとにしたウツロは、待っているはずの真田龍子(さなだ りょうこ)と落ち合うため、昇降口(しょうこうぐち)へと向かっていた。

「龍子……」

 姿は、ない。

 それどころか、ほかの人影すら。

 日が落ちてきている中、玄関には遠くから、運動部とおぼしき部員たちの声が、わずかに拾える程度だ。

「まだ、来てないのかな」

 とりあえず外履(そとば)きに()きかえようと、ウツロは自分の革靴(かわぐつ)が入っている靴棚(くつだな)へと手を伸ばした。

「……!?」

 強烈な殺意、靴棚の(とびら)の奥からだ。

 何かが、入れられている……

 ウツロはおそるおそる、その扉を開けた。

「これは……」

 白い封筒(ふうとう)が一つ。

「手紙、か……?」

 『ファン・レター』をもらったことは過去にもあったが、その封筒から(ただよ)う異様な殺気(さっき)は、そんなものではないであろうことを示していた。

 ウツロは生唾(なまつば)をのみつつ、その封筒を開いた。

 (ふう)はされていなかった。

「これは……」

 そこには便箋(びんせん)が一枚、どこでも手に入るような代物(しろもの)だ。

 古風(こふう)にも新聞や雑誌を切り抜いた文字で、次のように記されていた。

   ウツロ、お前を見ているぞ
   いますぐ体育倉庫に来い
   真田龍子は預かっている

   万城目日和

「まきめ、ひより……」

 万城目日和(まきめ ひより)――

 かつてウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)が殺害した悪徳政治家の娘。

 父が死の寸前、明かしていた――

 万城目日和は生きている。

 ウツロやアクタと同じように、(ひそ)かに育て、その技を教えていた、と。

「万城目日和、ついに動いたか……そして……」

 真田龍子は預かっている――

 その部分がウツロを極限まで焦燥(しょうそう)させた。

「龍子……くそっ、急がなければ……!」

 ウツロは手紙を握りしめ、急いで指定された場所、体育倉庫へ向かおうと、革靴をひったくった。

「いつっ……!?」

 (するど)い痛みが走り、彼は手を引っこめた。

 指から血の(しずく)がぽたぽたと()れる。

「これは……」

 革靴の中に何か入っている。

 泥のように(にご)った色の『何か』が、そこにのぞいているのが見える。

「なんだ、これは……」

 拳大(こぶしだい)もあろうかという鋭利(えいり)な『(つめ)』――

 形からおそらく爬虫類(はちゅうるい)のそれであることが推測されるが、いくらなんでもその大きさは異常だった。

「トカゲ……?」

 正体はまったくわからない。

 だが、何かとてつもなくおそろしいことが起こっているのではないか?

 ウツロはますます(あせ)った。

 想像はしたくないが、もしかしたら……

 万城目日和もアルトラ使い……

 この『爪』は、それを示唆(しさ)するものではないのか……?

 ウツロは『爪』をブレザーのポケットにそっと忍ばせ、革靴に履きかえると、体育倉庫へ向け、ダッシュした――

(『第14話 デーモン・ペダル』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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