第11話 体育倉庫の危機

文字数 1,821文字

「さあ、その女、メチャクチャにしちゃって」

 刀子朱利(かたなご しゅり)は「()げパン買ってきて」とでも命じるイントネーションで言った。

「んん、んんっ!」

 真田龍子(さなだ りょうこ)は必死で抵抗を試みるが、後ろから羽交締(はがいじ)めにされたうえ、口も(ふさ)がれていて、助けを呼ぶことすらできない。

「へへっ、いいにおいだあ」

「ヤバくね、こんなことして?」

「知るかよ。刀子がぜんぶ、あと始末はしてくれるってさ。あいつの母ちゃん、政治家だし。そういうのは大丈夫なんじゃね?」

「じゃあ……」

「おうよ、たっぷり(なぐさ)めてもらおうぜ」

 とりまきの男子生徒たちは、制服ごしに彼女の体をベタベタと触りつづけている。

 爬虫類(はちゅうるい)とでも接触しているような感覚と、口や体から出る汚物(おぶつ)のような悪臭に、真田龍子は激しいめまいを覚えた。

「このポニーテール、さらさらしてたまんねえ」

「胸もけっこうデカいじゃん。着やせってゆーの?」

「とっととむいちまおうぜ」

 男たちは下劣(げれつ)な言葉を並べ立てながら、彼女のボディラインをまさぐっている。

 真田龍子は彼らの頭の中を想像した。

 そしてそのあまりのおぞましさに、恐怖あまって肉体が弛緩(しかん)していった。

 わたしはこれから、こんなやつらに乱暴されるんだ。

 いやだ、いやだ……

 助けて、ウツロ……

「う……」

 かすかなうめき(ごえ)とともに、真田龍子を圧迫する力が消えた。

「な、なにっ……!?」

 刀子朱利はとび箱に両手をついた。

 男子たちの体が、()(いと)の消えたように崩れ落ちる。

 たちまちに彼らは、体育倉庫の冷たいコンクリートの上へ山積(やまづ)みになった。

「わたしの大事な『ペット』に、手え出してんじゃないよ、朱~利?」

 真田龍子の背後から、別な女子がぬうっと姿を現した。

「み、(みやび)いいいっ……!」

 星川雅(ほしかわ みやび)だ。

 刀子朱利は(いか)りの形相(ぎょうそう)豹変(ひょうへん)し、彼女をねめ下ろした。

「雅、わたし、わたし……」

 真田龍子は一気に安心感がこみあげ、体を震わせて星川雅に抱きついた。

「もう大丈夫だからね、龍子。心配しないで」

「う、ううっ」

 しがみついたまま号泣する。

 面白くないのは刀子朱利だ。

「雅い、あんたなにわたしの楽しみを邪魔してくれてんのさ?」

「こんなことが趣味だなんて、ほんと、下品だよね、朱利? 龍子はわたしのかわいい『ペット1号』なの。この落とし前、どうつけてくれるの?」

 火花を散らして二人は言いあった。

「ふん、ごめんねえ雅。あんたの大切な『ペット』に手えつけちゃってさ。よく人のことが言えるよね。星川典薬頭(ほしかわてんやくのかみ)のご息女様(そくじょさま)?」

「あなたこそ、そのねじ曲がった性格、治らないよね。甍田兵部卿(いらかだひょうぶきょう)のご息女様(そくじょさま)?」

 真田龍子は二人の話していることの意味がわからなかった。

「雅、いったいどういう……」

 さっきのウツロの情報といい、自分にわからないことを二人は知っている。

 それに胸騒ぎがしてならなかった。

「龍子、あとでちゃんと説明する。とりあえずいまは、ちょっと隠れてて。もしかしたらこの倉庫が、吹き飛ぶかもしれないから」

「え、え……?」

 真田龍子を入り口の(わき)に休ませると、星川雅は戦闘態勢を取った。

「へえ、やる気まんまんってわけだね。大事な『ペット』を守りたいんだ? あは、泣かせるう」

「あなたこそそうなんでしょ? わたしを殺す気まんまんのくせに」

「あたりまえじゃん。でも雅、まさか二竪(にじゅ)なしで勝負する気? 体術勝負でわたしに勝てるとでも思ってんの?」

「バーカ」

 星川雅はニヤリと笑った。

「……っ!?」

 彼女の髪の毛がざわざわと(うごめ)いたかと思うと、頭頂部がぱっくりと二つに裂け、その大口(おおぐち)(つい)大刀(だいとう)を吐き出した。

 星川雅の愛刀・二竪(にじゅ)だ。

 彼女はそれをキャッチすると、前方へ突き出すように(かま)えを取った。

 開いた口はすぐに元へ戻った。

 柳葉刀(りゅうようとう)の光沢は鋭さを増し、血を求めるように爛々(らんらん)と輝いている。

「きゃはっ! ゴーゴン・ヘッドのお口の中に隠してたんだ! ほんっと、抜け目ないよね雅は!」

 真田龍子は思った。

 刀子朱利……

 この女、アルトラの存在を知っている……

 まさか、こいつも(・・・・)……

「ほら、わたしを殺すんじゃないの、朱利?」

「上等だよ、雅い……」

 顔をゆがませて笑うと、刀子朱利は10段のとび箱の上からスッとジャンプした。

 音もなく着地し、低い姿勢で両の(こぶし)を前方へ構える。

刀子流体術(かたなごりゅうたいじゅつ)似嵐流兵法(にがらしりゅうへいほう)、どっちが最強か、教えてやるよ!」

「きな、朱利っ!」

 体育倉庫内の空間がぐにゃりとゆがんだように、真田龍子は錯覚(さっかく)した――

(『第12話 星川雅(ほしかわ みやび) VS 刀子朱利(かたなご しゅり)』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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