第66話 それでも、人として

文字数 1,396文字

「わかりましたよ……その、アルトラ……能力の、正体が……!」

 星川皐月(ほしかわ さつき)の「手」で身を引き裂かれたウツロ。

 しかし彼はひかず、流れる血もしとどに言い放った。

「その、人差し指……指し示す方向の延長線上……アルトラの効力はおそらく、本体に近いほど、優先される……!」

「だから間に入ったっていうの? まあ、当たってるけど、なんで? あなたにここまでしたそのトカゲ女を、ウツロ、あなたは守るっていうこと?」

 星川皐月は目を細くしてたずねた。

「万城目日和は、改心しておりますれば……平に、平に……」

 ウツロは激痛に耐えながら、そう懇願した。

「だ~か~ら~、そういうことを言ってんじゃあ、ねえんだよおおおおおっ!」

「ごふっ――!」

 柳葉刀のサイドで、星川皐月はウツロを殴りつけた。

「そこのトカゲがっ、わたしの大事な雅ちゃんを傷つけやがった! この代償は、命をもってつぐなってもらうしかねえ! そう言ってるんだよおおおおおっ!」

 矢継ぎ早にボコられる。

 毒虫の体から大量に血がほとばしった。

 それでもウツロはしりぞかない。

 必死に歯を食いしばり、耐えた。

「このような、暴虐……許される、ことでは、ありません……」

 倒れないようにふんばり、眼前の女医をねめ上げる。

「暴虐? 暴虐だあ? 何抜かしてんだ? 薄汚い毒虫の分際で、あ?」

 女医は逆に、みずからの甥をにらみ返した。

「鏡月を倒してってえいうから、どんなタマかと思えば、はっ! やっぱりあのバカと同じ、貧弱なガキじゃあねえか。くだらねえこと、ぶつくさ唱えてよお。やれ人間がどうたらだとか、クソにたかるハエ以下の存在なんだよ、てめえは!」

 ぶん殴りながら罵詈雑言を浴びせかける。

 ウツロは覚悟した。

 ここで、死ぬことを――

「それでも、それでも……人として、人として、平に、平にっ……!」

 グシャグシャになった顔で、なおもにらみつける。

 星川皐月はその顔をなめるようにのぞきこみ、ニヤニヤとほほえんだ。

「けえっ、まだぬかしてんのか、この毒虫が。お似合いだな、あ? 親子ともどもよ? 毒虫の子は毒虫ってか? 鏡月のやつときたら、おとなしくわたしの人形であればよかったものを。あんなゴミ女と駆け落ちなんかしやがって。いいか、ウツロ? てめえの母親は、毒虫野郎にほれたクソ女よ。挙句にてめえみてえなゴミを生み落としやがった。ハエがウジを生み出すようにな。まさしくアクタ、ゴミだよなあ。あ、兄貴の名前もアクタなんだっけ? ゴミなんだよ、てめえの兄貴もなあっ!」

「――っ!」

 父・鏡月だけではあきたらず、まぶたの母であるアクタ、そしてついには、双子の実兄・アクタまでをも侮辱される。

 屈辱にはらわたが煮えくり返り、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 だが――

「平に、平にっ……!」

 耐えた。

 ウツロは耐えた。

 星川皐月はいまいましく思った。

 何よりも、そのくもりのない、晴れわたったまなざしに――

「覚悟はできてる、ってか。いいぜ? ウツロおおおおおっ!」

「――っ!」

 柳葉刀が高らかに振りかざされ、剣尖が鋭く光った。

「あの世で家族と仲よくやりな、毒虫のガキがあああああっ――!」

 ウツロはグッと目を閉じる。

 父さん、母さん、兄さん……

 ウツロはいま、そちらへまいります……

「イージスっ――!」

「……は?」

 重く鈍い一撃が、ウツロの直前で、ゴムを叩いたように弾かれた――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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