第30話 ミーティング
文字数 3,605文字
「ぷっはー! い、き、か、え、るーっ!」
龍崎湊はビジネス・フォーマルの上着を脱いで、すっかりできあがっていた。
テーブルの上には空になったビールのロング缶が三本。
いま飲んでいるのが四本目である。
「湊さん、飲みすぎじゃないですか? これからミーティングだってのに」
「龍子ちゃん、
「うーん、あはは……」
心配した真田龍子の言葉にもこれである。
「雅、かまわねえから始めてくれねえか?」
「そうしたほうがよさそうね。どうでもいいけど湊さん、お酒くさいですよ?」
「もう、みんなして。大人の世界は酒なしじゃあやってられないのよ」
こんな調子で相変わらずグビグビやっている。
「雅、柾樹の言うとおり、初めてくれないかな?」
「そうしましょう。酔っ払いの相手なんてごめんだし」
たまりかねたウツロの申し出を、星川雅は
「そうね、まず、状況を整理しましょうか。わたしたちがシェアしている情報は、次の三点。ひとつ、この国を支配している組織が存在すること。ふたつ、わたしたちのクラスメイトである
ウツロがすぐさま手を挙げた。
「念のための確認だが、それ以上の情報、雅が知っている組織内部等の情報については、共有は不可能ということでいいんだな?」
「そうだね。あまり知りすぎてしまうと、あなたたちの身に危険がおよぶ可能性が高いから。ただ、これだけは言えるけれど、わたしが知っているそれ以上の情報というのは、せいぜい組織の命令系統がどうなっているか程度だよ。わたしたちがシェアしている内容に毛が生えた程度ってわけ。これはいいかな?」
「……じゅうぶんだ。いらなく
「あら、珍しくやさしいんだね。ま、あなたがただ理性的ってだけなんだろうけどさ」
「何とでも言え。で、その次だが、この情報を受けて俺たちがどう動くべきか、ということになると思うんだ」
「さすがだねウツロ、その通りだよ。そしてその答えは、『何もしない』が正解になると思う」
星川雅はテーブルの上に手を組んでそう言い放った。
「何もしないって、本当にそれでいいのかな……わたしたち、その、『
「龍子、日本を
「それは、確かに……」
南柾樹の
「あ、わりい。そういうつもりじゃなかったんだ」
「いや、いいよ柾樹。わかってるから……」
シュンとしてしまった真田龍子を、南柾樹は
「しかたがないのはわかるけど、これじゃ形だけのミーティングだな。何も得るものがない」
「ま、この世にはどうしようもないことなんて山のようにあるんだし。湊さん、
ウツロの流れから、星川雅は龍崎湊に話を振った。
「……そうねえ、わたしはあなたたちに何もなければ、それでじゅうぶんだけどね。いくら若いからって、あんまり危ない橋を渡っちゃあダメよ。それくらいかな」
「……」
一同は
一見
「これくらいは言っても大丈夫かな……」
「なんだ、雅?」
星川雅の切り出しを受け、ウツロがたずねた。
「組織のトップの役職名は『
「雅、いいのか? そんなことを話して。お前に危険がおよんだらどうするんだ?」
「安心してウツロ。危険のおよばない範囲だけ話すから。あとはその下に、『
「おばさん……雅のお母さんも、確か
「そうだね。細かい役職まで言い出したらキリがないけれど、
「そう、か……ありがとう。もう、じゅうぶんだよ。これ以上知りすぎたら、それこそ何が起こるかわからない」
「その気づかいには感謝するよ、ウツロ」
「『何もしない』か……なんだかむなしい気もするけれど、しかたがないな……」
そのまま二人は沈黙に入ってしまった。
「
南柾樹が突っ込むように言い放った。
「動きを見せたんだろ? その組織ってのもそうだけど、そいつのことも気になる。これから何か、しかけてくる可能性はじゅうぶんにあるだろ。ウツロ、どう思う?」
万城目日和――
ウツロの父・
彼の
父と兄の死からおよそ半年
置き手紙のみではあったが、彼女の動きが気になるのが、全員の一致するところだった。
「柾樹、そんな言い方ないんじゃない? ウツロの気持ちも考えてあげてよ」
似嵐鏡月は万城目日和にとって『父の
「いや龍子、柾樹の問いかけはもっともだし、とても大事なことなんだ。万城目日和が俺ではなく、俺に関係のあるみんなほうに何か危害を加える可能性だって否定できない。だからこのことは、ちゃんと話しておくべきだと思うんだ」
「ウツロ……」
真田龍子はウツロがかかえる宿命を
「彼女が何かしてきたとき、正直言って、どうすればいいかなんて、俺にもわからない。ただこれだけは言える。俺はどんなことがあろうとも、くもりのないまなざしを持って、彼女と向き合いたい。それだけなんだ。みんな、どうだろうか?」
ウツロはこのように、自分の心持ちを告白した。
「……龍子のいうとおり、言い方が悪かったな。わりい、ウツロ。お前がきつくなってんじゃねえかって、いらねえ心配をした俺が悪かった。謝るよ」
それはつまり、ウツロへ話題を振ったのは、彼の心が揺れているのではないかと案じてのことだったのだ。
「いや、柾樹。むしろ気にかけてくれて礼を言うよ。父さんから
「ウツロ……」
真田龍子はいつも早とちりで、大切な存在を傷つけてしまたったことを恥じた。
いっぽうで、ウツロが背負ってしまった宿命のあまりの大きさに、心が引き裂かれる思いだった。
「……何度も言うけど。わたしはあなたたちに何もなければ
龍崎湊はそう言ってビールをあおった。
「この辺にしておきましょうか。これ以上は傷口に塩を
星川雅はポンと手を打った。
食堂の面々は何も言わずに席を立っていく。
「ウツロ、本当に大丈夫?」
「ああ、龍子。心配してくれてありがとう。部屋へ戻って読書でもするよ」
「うん、じゃあね……」
ウツロは気丈にふるまったが、真田龍子はどこか、遠くなっていく彼の背中が沈んでいるように見え、心のつかえは取れなかった。
*
部屋に戻ったウツロは、何か書を手に取ろうとしたが、あまり気分は乗らなかった。
お得意の
彼はたわむれに、音楽をかけようと思った。
そして
(『第31話 行進曲』へ続く)