第10話 放課後に差す闇

文字数 1,350文字

「で、お話の内容は?」

 体育倉庫へ入った刀子朱利(かたなご しゅり)は、とび箱の上にひょいと腰かけ、入り口付近に立つ真田龍子(さなだ りょうこ)に、会話の趣旨をたずねた。

「その……今朝、音楽室で、あんなことして……どういうことなのかなって……」

「どういうこと? 言ったじゃん、佐伯(さえき)くんが好きなんだよ、わたし? だからわたしのものにする、それだけだよ?」

 まったく悪びれない態度に、真田龍子はカチンときた。

「ふざけないで! 悠亮(ゆうすけ)は、わたしと……わたしの、大切な人なんだから……!」

 ほえた彼女であったが、刀子朱利はいたって冷静だ。

 少し()を置いてから、スッと口を開く。

「真田さん、あなたいま、かなり無理したでしょ?」

「……っ!」

 図星だった。

 真田龍子はいま、感情に任せて言葉を吐いている。

 容易にそれは悟ることができた。

 刀子朱利はへらへらしながらしゃべりを続ける。

「あなたと佐伯くんが相思相愛、そんなことくらい、見てればわかるよ?」

「じゃあ、なんで……」

「好きだからね」

「え……」

「わたしは人のものを奪うのが好き。人が大事にしているものをかっさらって、たっぷり遊んで、そのあとは捨てる。それが大好きなんだ。だからわたしは彼が欲しい。真田さんがそんなに大切だっていう佐伯くんを、自分のものにしたいんだよ。それだけだね」

 異常だ。

 真田龍子は率直にそう思った。

 そしてだんだん腹が立ってきた。

「刀子さん、あなた、いいかげんに……」

「あーあ、逆上しちゃって。そんなに愛してるの? あんな『毒虫野郎』のこと?」

「……」

 頭が真っ白になった。

 毒虫野郎……

 毒虫……

 ちょっと待って、どうして彼女が『それ』を……

 刀子朱利は、いよいよ気味の悪い笑みを浮かべた。

「あは、なんで知ってるのって顔だね。そう、なんでも知ってるよ、あなたたちのことはね(・・・・・・・・・・)

 背筋が寒くなってくる。

 なに、これ……

 なにか、おそろしいことが、起こってるんじゃ……

佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)、本名はウツロ。似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の双子の息子の弟。兄の名はアクタ。父と兄は故人。ついこの間まで、自分を毒虫のように醜い存在だと呪っていたのに、短期間でずいぶん成長したみたいじゃん? そこには真田さん、あなたとの『愛』が大きなキーポイントとなった。どう、当たってるでしょう?」

 刀子朱利は得意げな顔で『情報』をそらんじた。

 真田龍子の体が震えてきている。

「うふふ、どうしたの真田さん? 顔が青くなってきてるよ? もちろん、あなたのことも言えるんだよ? なんでもね。弟の虎太郎(こたろう)くんに何をしたか(・・・・・)とかさ……」

 もはや声を出すことすらままならない。

 どうして?

 どうしてこの女が知っている?

 どうして、どうして……

 すでに彼女の思考はこんがらがっていた。

「あはは! その顔、たまんない! すっかりおびえちゃって。おしっことか漏らしそうになってきた? まあ、これからもっと恥ずかしい目にあうんだけどね……」

「――っ!?」

 真田龍子は自分の体が岩のように固まったのを感じた。

 5~6人の男子生徒たちが、背後からよってたかって、彼女を羽交締(はがいじ)めにしたのだ。

 口もふさがれ、身動きどころか、声を出すこともかなわない。

「さあ、その女、メチャクチャにしちゃって」

 刀子朱利の顔面が下品にゆがんだ――

(『第11話 体育倉庫の危機』へ続く』)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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