第12話 星川雅 VS 刀子朱利

文字数 3,021文字

刀子流体術(かたなごりゅうたいじゅつ)似嵐流兵法(にがらしりゅうへいほう)、どっちが最強か、教えてあげる、(みやび)いっ!」

「きな、朱利(しゅり)!」

 真田龍子(さなだ りょうこ)は二人を中心とする空間が、ぐにゃりとゆがんだように錯覚(さっかく)した。

 刀子朱利(かたなご しゅり)は両の(こぶし)を前方に(かま)え、体を上下に揺さぶりながら、タイミングを(はか)っている。

 これには心理的な揺さぶりをかける効果もあった。

「……」

 星川雅(ほしかわ みやび)(つい)大刀(だいとう)二竪(にじゅ)を前方に構え、刀子朱利が動く瞬間、『起こり』を探っている。

「消え……」

「……っ!?」

 刀子朱利の姿が消えた。

 そして次の瞬間、彼女は星川雅の目の前まで間合いを()めていた。

千里一歩脚(せんりいっぽきゃく)……! 上段、中段、下段……どこにくる……!?)

「おらあっ!」

(当て身、(ねら)いは……中段……!)

「はっ!」

 星川雅の読みどおり、狙いは中段への当て身。

 彼女は二竪(にじゅ)をクロスさせ、それを受け止めた。

「う……」

 受け止めた、はずなのに……

 胸部から腹部への急所に鈍い重みを感じ、星川雅の体は後ろへ吹き飛んだ。

「雅っ!」

 真田龍子が叫んだ。

「くっ……!」

 ガードを解いてしまっては刀子朱利の思うつぼだ。

 数メートルほどバックしたところで、星川雅はふんばりをきかせ、体勢を整えた。

通背拳(つうはいけん)……まさか二竪(にじゅ)のガードごしに打てるなんてね」

「ふふっ、わたしの発勁(はっけい)、昔とは比べものにならないでしょ? あんたはいちいち余計なことを考えすぎなんだよ。だから受け身が甘いし、そもそも戦局を見誤る。無様だね、雅?」

「ふん、調子に乗っちゃって。こんなの痛くもかゆくもないよ?」

「強がるのはよくないね。確かに致命傷じゃないけど、急所へモロに入ったでしょ? あーあ、それ、あとからだんだん効いてくるよ?」

「ああ、うぜえ。あなたに遅れを取ったと思うとね、朱利」

「そんなのんきなこと言ってていいの? ほらほら、早くわたしを倒さないと。勝負が長引けば長引くほど、自分が不利になるのはわかるよね?」

「わざわざありがとう。でもそう言うからには朱利、あなた相当な自信があるんだろうね?」

「あったまえじゃん。昔からあんた、一度でもわたしに勝てたことあった? 先々代閣下(せんせんだいかっか)懐刀(ふところがたな)だった暗月(あんげつ)おじい様や、似嵐一族(にがらしいちぞく)はじまって以来の天稟(てんぴん)といわれる皐月(さつき)お母様に、あわす顔があるの? ほんと、恥ずかしい。『劣化(れっか)コピー』の雅ちゃん?」

「……」

 星川雅は必死で耐えた。

 ここで感情的になってしまえば、彼女の思うつぼだ。

 これもきっと、策略(さくりゃく)の一つに違いない。

「ほらほら、どうしたの? かかってきなよ、雅い」

「……」

 星川雅に一つの考えが浮かんだ。

 彼女は二竪(にじゅ)のうち、右手の阿呼(あこ)を顔の前へ、左手の吽多(うんた)を顔の後ろへ構えた。

「ふん」

 刀子朱利はニヤニヤしている。

「雅、お前こそ最強だ。お前こそ支配者だ。お前こそ、帝王だ……!」

 似嵐流幻法(にがらしりゅうげんぽう)鏡地獄(かがみじごく)――

 強力な自己暗示により、肉体の機能を著しく向上させる技だ。

 しかしそれゆえ、使い方を間違えれば、自身を破滅へと導く諸刃(もろは)(つるぎ)となる。

「あはは、やっぱり! 使うと思ったよ、それ! あーあ、どんどん自分を追いつめちゃって。ほらほら、早くしないと体がボロボロになっちゃうよ? まあ、わたしはうれしいけどね」

「その減らず口、二度ときけないようにしてやるよ、朱利いっ……!」

 星川雅は目にも()まらぬ速さで間合いを詰めた。

「……っ!?」

 さすがの刀子朱利も、これには焦りを禁じえなかった。

(くっ、速い……!)

 彼女は次々と襲ってくる剣戟(けんげき)(こぶし)や腕で弾いていく。

 だが、弾いても弾いてもキリがない。

 鏡地獄によって強化された肉体から繰り出される、体力とスピード。

 さしもの刀子朱利も、だんだんと後ろに追いやられていく。

(く、まずい……でも、長くはもたないはず……わたしの発勁(はっけい)を食らったうえ、鏡地獄を使ってるんだ……時間だ、時間さえ稼げば、わたしの勝ちだ……!)

 刀子朱利は後ろへ跳躍(ちょうやく)した。

 そのまま背後の壁をステップに、体育倉庫の中を縦横無尽(じゅうおうむじん)()(まわ)る。

「逃げてんじゃないよ、朱利っ!」

 星川雅も八角八艘跳(はっかくはっそうと)びを使って追いかける。

 ひんやりとした倉庫の室内に、バチバチという打撃音がこだまし、次第に空間の熱量も上がってくる。

 様子を見守っていた真田龍子も、熱気あまって()らしていた冷や汗が生温(なまあたた)かくなるのを感じた。

(ふふふ。ほーら、だんだん動きが鈍くなってきてる。そろそろだね……)

「ぐ……」

 星川雅が一瞬上げたかすかな(うめ)(ごえ)を、刀子朱利は見逃さなかった。

「もらったあっ!」

「ぐあっ!?」

 中空(ちゅうくう)で背後から打たれ、星川雅はコンクリートの地面に叩きつけられた。

「雅っ!」

 真田龍子が叫んだ。

 刀子朱利はスッと着地すると、うずくまって苦しんでいる星川雅を見下ろした。

「あーあ、ほんと、無様だねー。雅、あんたなんかがわたしに勝てるわけ、ないんだよ?」

 刀子朱利は余裕に満ちた(あゆ)みで、星川雅に近づいた。

「ぐっ!?」

 二竪(にじゅ)で体を支えている彼女の背中を、右足で踏みつける。

「あはは、いい気分! ほら、雅、負けを認めなよ? (さか)らってごめんなさい、朱利様。許してください、お願いします。そう言えば、助けてあげるからさ」

 刀子朱利は矢継早(やつぎばや)に星川雅を罵倒(ばとう)する。

「そうだ、あなたもう、人間なんてやめちゃったら? わたしの奴隷になりなよ。それこそ『ペット』としてかわいがってあげるから。そっちの真田さんと一緒にね。ぷっ、きゃははっ!」

 屈辱的な光景だ。

 不倶戴天(ふぐたいてん)のライバルから、こんな仕打ちを受けるのは。

「……」

「ああ、何よ、雅?」

「……あんたのいいなりになるくらいなら、朱利……クソに(たか)るウジムシどもに××されたほうが、マシだよ……!」

 星川雅はそう言って笑った。

「てめえ、雅……なら望みどおり、ぶっ殺す……!」

「やめて、刀子さんっ!」

 刀子朱利は右足を大きく上げ、勢いよく振り下ろした。

「ぐ、が……」

 刀子朱利のボディに、二竪(にじゅ)(みね)がモロに入っていた。

「なん、で……動け、ない、はず……」

 彼女は(もだ)えながら、地面にとっ()した。

「ふう、疲れた。あんたがバカで救われたよ、朱利?」

 刀子朱利にはさっぱりわからなかった。

 『バッテリー切れ』のこいつに、なぜまだ動く力が残っていたのか?

「鏡地獄をね、かけたフリ(・・)をしたんだよ」

「な……」

「で、バッテリー切れを(よそお)って、あんたの裏をかいたってわけ。単純なトリック、子どもでも読めそうなものだね。ま、あんたには無理だったけど、朱利?」

「ぐ……」

「あんたは確かに強いけど、昔からオツムが足りないからね。こんな手に引っかかってくれてうれしいよ、朱~利?」

「な、なめやがって、雅……こ、殺してやるううう……!」

「あーあ、激昂(げきこう)しちゃって。その状態じゃもう無理だよ、朱利。どう、わたしの『ペット』になる? そうすれば特別に、助けてあげるよ?」

「ぐう、雅いいいいっ! もう、許さないいいいいっ!」

 刀子朱利の肌の色が、よどんだ緑色に変色しはじめた。

「な、なに、これは……」

「龍子、下がってて。こいつ、アルトラを出す気よ」

「そんな、それじゃ、やっぱり(・・・・)……」

「そう、朱利もアルトラ使いなんだよ。それも、おそろしく凶暴な、ね」

 真田龍子と星川雅が会話をしている間にも、刀子朱利の体がどんどん大きくなっていく。

「見せてやるよ、わたしのアルトラ、『デーモン・ペダル』を……!」

 刀子朱利の姿が、一匹の巨大な『毒虫』の形になった――

「ふん、正体を現したね。ムカデ女(・・・・)

(『第13話 万城目日和(まきめ ひより)からの手紙』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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