第43話 帝王への意志
文字数 1,942文字
ウツロ、
「ウツロは龍子と、わたしと柾樹がペアになる。大切なのは絶対にひとりにはならないということ。いいね? ま、組み合わせはともかく」
「なんだよ、俺といっしょじゃやなのかよ?」
「配慮でしょ? 察してよね?」
「わかってるって。冗談だよ」
「ふん、腹立つ」
これからの動きを確認する星川雅に、南柾樹はどこか不服そうだ。
「みんなの端末には、わたしが作ったGPSアプリをインストールしておいたから。もし何かあったら、位置はそれで確認できる。言うまでもないけれど、くれぐれも軽率な行動は慎んでよね?」
「何が言いたいんだ、雅?」
「はん、しらじらしい。すきあらば龍子といちゃつこうとするくせに」
「なんだと!?」
「はいはい、わかったから。落ち着けよ、二人とも」
いきり立ったウツロを、南柾樹が制した。
ウツロと真田龍子は連れ立って保健室を退出した。
「おまえ、ウツロのことになるとムキになるよな? そういうことなんじゃねえの?」
だしぬけにつぶやいた南柾樹に、星川雅はあきれた顔をした。
「はあ? どういう意味? わけわかんないんですけど?」
「龍子なんて八つ裂きにしてよ、自分のものにしちまったらどうだ?」
「うわあ、こわ~。なになに、あんたって、そういうやつだったの、柾樹?」
「いや、気を使ってるんだぜ、雅?」
南柾樹は口角を緩めている。
「あんたさ、柾樹、閣下のご子息だったんだね。お母さまから聞いて驚いたよ。ぜんぶ筋書きどおりだったみたいじゃない」
星川雅は遠慮気味に答えた。
「どうする、雅? 俺につくか? この国を影で支配する組織、俺は
「ふん、あんたごときがあのお方の後釜にでもなれると思ってるの? 身のほど知らずもいいところだよ」
「俺は本気だぜ、って言ったら?」
「……」
南柾樹は立ち上がり、星川雅に迫った。
「もしかしたら、お前は龍影会の総帥夫人になるのかもな。いや、俺なら龍影会を、
これまでに見たことのないその表情に、彼女は戦慄した。
「本気で言っているとしても、このわたしがあんたなんかにベットするとでも?」
「さあな。ただ、いまにわかるさ。ベットするのは、そのときになってからだっていい」
「バカなんじゃないの? 勝てるとでも思ってるの? あのお方に――」
南柾樹は、星川雅の唇を奪った。
「……」
彼女は気づいた。
これまでの「味」ではないと。
支配者になろうとする確かな決意。
それが
溶ける。
体も、心も。
まるで別人だ。
本当に柾樹なのか?
いったい何があったのか?
父親の存在を意識し、あろうことかそれが、自分の人生を踏みにじったはずの人物であるというのに。
いくら闇の組織のボスとはいえ、それを知ったというだけで、人間とはこんなにも変化するものなのか……
彼女は口の中への蹂躙を受け入れ、みずからの存在が掌握されていく感覚に酔いしれた。
いままで自分が鎖をはめ込んでいたと思ったのに。
立場が逆になってしまった。
屈辱だ、なんという屈辱だ。
でも、その屈辱が、快楽へ、悦楽へと変換される。
ああ、柾樹……
わたしをめちゃくちゃにして……
なりたい、あなたの人形に……
「……っ」
彼はそっと、口を放した。
「柾樹、どうして……」
彼は笑顔だ。
「あせらず、ゆっくり、じらして、じらして、飼いならす。そうだったな、雅?」
「あ……」
自分はいま、どんな顔をしているのだろう?
おそろしく間抜けな顔に違いない。
見られているのに、この男に。
でも、かまわない。
柾樹、もっと、もっと……
おそらく生まれてはじめて、星川雅の心は解放された。
「いい女、いや、いいやつだよな、雅は」
「う……」
南柾樹は背中を向けた。
「このことは内緒だぜ? 特にウツロにはな。あと、勘違いするなよ。俺はねじ曲がったんじゃねえ、ウツロと同じく、
「……」
背中が遠くなっていく。
まさかの「放置プレイ」に、星川雅は一気に興ざめした。
だが、ひとつの確信をいだいていた。
それは南柾樹から感じ取った「意志」
帝王になろうとしている、確かな意志だった。
「ふふっ、ふふふ……」
彼女は笑った。
おそるべき「チャンス」
それがいともたやすく、自分に転がり込んできた。
「せいぜい利用させてもらうよ、ま~さき?」
お互いさま。
それが現実だった。
ただひとつ確実に言えるのは、このとき、「次の帝王」はすでに誕生していたということだった――