第43話 帝王への意志

文字数 1,942文字

 翌日午前8時、黒帝高校(こくていこうこう)保健室

 ウツロ、真田龍子(さなだ りょうこ)星川雅(ほしかわ みやび)南柾樹(みなみ まさき)の四人は、朝から保健室に集合して、これからの自分たちの行動について確認をしていた。

「ウツロは龍子と、わたしと柾樹がペアになる。大切なのは絶対にひとりにはならないということ。いいね? ま、組み合わせはともかく」

「なんだよ、俺といっしょじゃやなのかよ?」

「配慮でしょ? 察してよね?」

「わかってるって。冗談だよ」

「ふん、腹立つ」

 これからの動きを確認する星川雅に、南柾樹はどこか不服そうだ。

「みんなの端末には、わたしが作ったGPSアプリをインストールしておいたから。もし何かあったら、位置はそれで確認できる。言うまでもないけれど、くれぐれも軽率な行動は慎んでよね?」

「何が言いたいんだ、雅?」

「はん、しらじらしい。すきあらば龍子といちゃつこうとするくせに」

「なんだと!?」

「はいはい、わかったから。落ち着けよ、二人とも」

 いきり立ったウツロを、南柾樹が制した。

 ウツロと真田龍子は連れ立って保健室を退出した。

「おまえ、ウツロのことになるとムキになるよな? そういうことなんじゃねえの?」

 だしぬけにつぶやいた南柾樹に、星川雅はあきれた顔をした。

「はあ? どういう意味? わけわかんないんですけど?」

「龍子なんて八つ裂きにしてよ、自分のものにしちまったらどうだ?」

「うわあ、こわ~。なになに、あんたって、そういうやつだったの、柾樹?」

「いや、気を使ってるんだぜ、雅?」

 南柾樹は口角を緩めている。

「あんたさ、柾樹、閣下のご子息だったんだね。お母さまから聞いて驚いたよ。ぜんぶ筋書きどおりだったみたいじゃない」

 星川雅は遠慮気味に答えた。

「どうする、雅? 俺につくか? この国を影で支配する組織、俺は龍影会(りゅうえいかい)の総帥の息子だ。この意味、お前なら言わなくてもわかるよな?」

「ふん、あんたごときがあのお方の後釜にでもなれると思ってるの? 身のほど知らずもいいところだよ」

「俺は本気だぜ、って言ったら?」

「……」

 南柾樹は立ち上がり、星川雅に迫った。

「もしかしたら、お前は龍影会の総帥夫人になるのかもな。いや、俺なら龍影会を、世界を支配する組織(・・・・・・・・・)に作り変えてやるけどな」

 これまでに見たことのないその表情に、彼女は戦慄した。

「本気で言っているとしても、このわたしがあんたなんかにベットするとでも?」

「さあな。ただ、いまにわかるさ。ベットするのは、そのときになってからだっていい」

「バカなんじゃないの? 勝てるとでも思ってるの? あのお方に――」

 南柾樹は、星川雅の唇を奪った。

「……」

 彼女は気づいた。

 これまでの「味」ではないと。

 支配者になろうとする確かな決意。

 それが怖気(おぞけ)の走るほど伝わってくる。

 溶ける。

 体も、心も。

 まるで別人だ。

 本当に柾樹なのか?

 いったい何があったのか?

 父親の存在を意識し、あろうことかそれが、自分の人生を踏みにじったはずの人物であるというのに。

 いくら闇の組織のボスとはいえ、それを知ったというだけで、人間とはこんなにも変化するものなのか……

 彼女は口の中への蹂躙を受け入れ、みずからの存在が掌握されていく感覚に酔いしれた。

 いままで自分が鎖をはめ込んでいたと思ったのに。

 立場が逆になってしまった。

 屈辱だ、なんという屈辱だ。

 でも、その屈辱が、快楽へ、悦楽へと変換される。

 ああ、柾樹……

 わたしをめちゃくちゃにして……

 なりたい、あなたの人形に……

「……っ」

 彼はそっと、口を放した。

「柾樹、どうして……」

 彼は笑顔だ。

「あせらず、ゆっくり、じらして、じらして、飼いならす。そうだったな、雅?」

「あ……」

 自分はいま、どんな顔をしているのだろう?

 おそろしく間抜けな顔に違いない。

 見られているのに、この男に。

 でも、かまわない。

 柾樹、もっと、もっと……

 おそらく生まれてはじめて、星川雅の心は解放された。

「いい女、いや、いいやつだよな、雅は」

「う……」

 南柾樹は背中を向けた。

「このことは内緒だぜ? 特にウツロにはな。あと、勘違いするなよ。俺はねじ曲がったんじゃねえ、ウツロと同じく、アップグレード(・・・・・・・)したんだぜ?」

「……」

 背中が遠くなっていく。

 まさかの「放置プレイ」に、星川雅は一気に興ざめした。

 だが、ひとつの確信をいだいていた。

 それは南柾樹から感じ取った「意志」

 帝王になろうとしている、確かな意志だった。

「ふふっ、ふふふ……」

 彼女は笑った。

 おそるべき「チャンス」

 それがいともたやすく、自分に転がり込んできた。

「せいぜい利用させてもらうよ、ま~さき?」

 お互いさま。

 それが現実だった。

 ただひとつ確実に言えるのは、このとき、「次の帝王」はすでに誕生していたということだった――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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