第69話 マディ・ウォー

文字数 1,348文字

「アルトラ、マディ・ウォー」

 ウツロと万城目日和の垂れ流した大量の血が、赤い兵隊と化して星川皐月の周りを取り囲んだ。

 その風体は冠をかぶったがいこつのように見える。

「おのれ、美吉良あああああっ!」

 がいこつの軍勢は、手にしている「槍」を、激高する女医のほうへとかざしている。

「ふん、こんなものっ――!」

 星川皐月は回転し、片方の柳葉刀で一気にそれらを薙ぎ払った。

 だが、一度は形が崩れたものの、軍勢はすぐに元の形へと戻っていく。

「皐月、あなた、よほど頭に血がのぼっているようね? 液体を自在に操るわたしの能力、あなたならよく知っているはずよ?」

「はあ、わたしとしたことが……落ち着け、落ち着け……」

「どうする? おとなしく投降すれば、ここであったことは内密にしてあげるけど?」

「てめぇに屈服するくらいなら美吉良、ボノボと所帯でも持ったほうがマシだっつーの」

「ふん、残念ね。それじゃあダメ押しと行きましょうか?」

「はあ? なんだって?」

 落ちていた小さなコンクリートの破片を、甍田美吉良はパンプスの先に乗せ、上方へ高く蹴り上げた。

「っ!?」

 パキっと破裂音がして、天井から勢いよく水が噴射される。

「ちいっ、スプリンクラーか!」

 大量の水は地面へ落ちたそばから、もぞもぞとうごめきだす。

「わたしのマディ・ウォーは、液体であればどんな物体でも操ることができる。そしてその能力の強さは、液体の量に正比例する」

「もがっ……」

 水球が女医を包み込む。

「ごがっ、ごぼ……」

 たちどころに彼女は、呼吸すら満足にできない状況へと陥った。

「それなら頭も冷えるでしょう? 皐月……」

 甍田美吉良は、自分の放った言葉にハッとした。

「ごがあっ――!?」

 緑色の拳が、彼女の腹部へめり込んだ。

「ごふっ……」

 そのまま後方の鉄扉へと叩きつけられる。

「ふう」

 水球が崩れていく。

「あんたバカ? ありがとうね、わざわざわたしを冷静にしてくれて」

「ごふっ、ごふ……」

 甍田美吉良は吐血し、患部を押さえている。

「ふん、親子そろって詰めが甘いわね? 閣下にはこう伝えておくわ。兵部卿は娘かわいさに乱心したため、わたしが手打ちにしました、ってね? これで一族が守ってきたポストも、取り戻せるかもしれないわねえ。ほほっ、ほほほ!」

 星川皐月はワルプルギスの拳を握りしめた。

「ふう、皐月、詰めが甘いのはどっちかしら? あなたは確かに天下無敵だけれど、頭に血がのぼると何も見えなくなるのが、唯一の弱点ね」

「はあ? 何言ってんの? まさか、命乞いとか? ぷぷっ!」

「わたしとしたことが、焼きが回ったかもしれないわね。らしくないことをした」

「だからいったい、何を言って――」

 強烈な殺気が、女医の脳天を貫いた。

「ごふっ――!?」

 振り返ったその瞬間、甲殻の拳が腹へめり込んだ。

「ふう」

「ぐ、ぐがっ……」

 ウツロだ。

 再生能力を持つ虫の細胞を全身へ巡りわたらせ、いたんだ部分を治癒していたのだ。

「間に合ったようね、ウツロくん?」

 甍田美吉良は安堵した顔だ。

「時間稼ぎ感謝いたします、兵部卿殿」

「ふっ」

 星川皐月は髪の毛を振り乱し、怒りの形相を浮かべている。

「おのれ、ウツロ……!」

 毒虫の戦士はあらためて、凛として宣言した。

「似嵐ウツロ、復活――!」
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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