第49話 ウツロ、敗北

文字数 1,627文字

「行くぞ、ウツロっ――!」

 目にも止まらないようなスピードで、氷潟夕真(ひがた ゆうま)は襲いかかってきた。

「ぐっ――」

 瞬間移動でもしたかのようなそれにたじろいだウツロは、反射的に両腕で前方をガードした。

「遅い――!」

「なっ……」

 しかし完全に防御を固める前に、氷潟夕真はウツロの眼前にまで迫っていた。

「ぐっ……!」

 甘かったガードはたやすく弾かれ、すぐに次の攻撃が来る。

「ぐふっ――!」

 胸もとの急所をモロに突かれ、ウツロは後方へ吹き飛ばされた。

「ぐあっ――!」

 勢いで後ろにあったモミの大木へと叩きつけられる。

「ふんっ――!」

 氷潟夕真は間髪入れずに次の攻撃をしかけようとした、が……

「うっ……」

 頭が割れるような感覚が走る。

 彼は苦痛あまって、その場で動けなくなってしまった。

「ちょっと夕真、どうしたってのよ!?」

 戦いを観察していた刀子朱利(かたなご しゅり)が叫んだ。

「ウツロ、貴様……」

 氷潟夕真は依然、頭をかかえている。

「鈴虫の出す超音波さ。動きを封じさせてもらうぞ、氷潟?」

「ぐっ……」

 ウツロはこの間に、いましがた受けたダメージを少しでも回復しようと試みた。

「しっかりしなさい、バカ!」

「これしきのこと、なめるなよ……!」

 刀子朱利の叱責を受け、氷潟夕真は全身を少しずつ反らせると、大きく口を開いた。

「な、何をする気だ……」

 得体の知れない行動に、ウツロは戦慄を覚えた。

「――っ!」

 波動のような咆哮。

 ライオンの獣人はそれを響きわたらせた。

パキッ――

 ガラスにひびが入るような小さな音が、ウツロの体内から漏れ聞こえた。

 鈴虫の機能を持つ部位。

 体のどこかに隠してあるそれが、破壊されたのだ。

「くっ……」

 氷潟夕真は悠然としてウツロへ向き直った。

「あははっ! これで鈴虫の力はもう使えないってわけだ。残念だねえ、ウツロ? せっかく夕真の動きを封じて、回復するチャンスだったのにさあ?」

「くそっ……!」

 窮地に陥ったウツロ。

 彼は思わず歯がみをした。

「そういうことだ、ウツロ。今後こそ覚悟しな? 行くぞっ――!」

 氷潟夕真は再びものすごい速さでウツロへ襲いかかった。

「んっ……」

 さきほどのダメージで体がうまく動かない。

 こうなってしまってはもはやサンドバッグも同然だ。

「ぐあっ――!」

 ライオンの獣人はさらに加速し、全方向からウツロを攻め立てた。

 残像が見えるほどの勢い。

 防戦いっぽうどころか、ウツロは延々と袋叩きにされた。

「ん……」

 すさまじい打撃音に、ベンチに横にされていた真田龍子(さなだ りょうこ)が目を覚ました。

「あら、真田さん、おはよう」

「刀子さん、ここは、いったい……」

 当身がまだ効いていて、彼女は朦朧としている。

 となりに座っていた刀子朱利は、最高のタイミングとばかりに語りかけた。

「ほら、あれ、見てごらん?」

「な……」

 毒虫の姿をした戦士、ウツロだ。

 しかし彼は一方的に叩きのめされている。

 強烈なショックを受けると同時に、状況がなんとなく飲み込めてきた。

「そんな、夕真くんまで、アルトラ使いだったの……?」

 ライオンの獣人がその名残から氷潟夕真であることを、真田龍子は直感的に理解した。

「そういうことになるね。それよりも見なよ、真田さんのだ~いじな毒虫のウツロくんが、あ~あ、あんなにズタボロになっちゃって」

「ウツロ……」

 ウツロの意識はどんどん薄れていっていた。

 もう、何をされているのかさえわからない。

「氷潟くん、やめて! ウツロが死んじゃう!」

 当然、聞く耳など持つはずがない。

「そろそろ幕の引きどきだな、ふんっ――!」

 氷潟夕真は後方へジャンプし、勢いをつけてウツロへ突進した。

「とどめだ、ウツロっ――!」

「――っ!」

 正拳がウツロの胸にめり込んだ。

「……」

 彼の瞳孔は吹っ飛び、その場へ崩れ落ちた。

「そんな……」

「ふふっ、ふふふ……あはははははっ!」

 体を震わせる真田龍子を意に介さず、刀子朱利は狂笑した。

「ウツロが、負けた……?」

 少女のまなじりが濁った。
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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