第79話 魔女は笑いが止まらない

文字数 1,944文字

「ウツロ……ミスター・キョウゲツの息子……まさかここまで成長してくれるとは、ふふっ……これはいよいよ、面白くなってきましたね」

 実験機器に囲まれた部屋の中で、ひとりの女性が研究用の器具をいじりながらしゃべっている。

 アメリカ・ハーフォード大学名誉教授、テオドラキア・スタッカー博士。

 精神医学・脳神経科学の世界的権威であり、化学・物理学・生物学など、およそ学問に関しては全方位的に造詣が深い。

 実母であるグレコマンドラ・ジョーンズ教授は、実験中に不慮の事故で他界した――と、世間的には認知されている。

 しかしその正体は、古代ギリシャの巫女・ディオティマであり、魔王桜(まおうざくら)の召喚に成功した、世界最古のアルトラ使いである。

 その能力「ファントム・デバイス」によって、子孫の肉体を乗っ取りながら、何千年もの間、魔王桜の研究にいそしんでいる。

 いまの体は、ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)を利用した実験の際、グレコマンドラの肉体が破損したため、急きょ娘であるテオドラキアに乗り移ったものだ。

「ミスター・キョウゲツ……あなたのおかげで、わがファントム・デバイスは進化を遂げ、召喚能力へとアップグレードすることができた……名づけて、ファントム・デバイス・ダーティー・ミックス……禍を転じて福と為す、日本のことわざだそうですね……これよってわたしは、きわめて短い時間とはいえ、魔王桜を部分的に呼び出すことが可能となった……その成果として、それまでよりも効率的にアルトラ使いを生み出すことがかない、いまではすっかり、大きな軍団となりました……ふふっ、感謝の気持ちしかありませんよ? ミスター・キョウゲツ……」

 その場には複数の陰があって、みな黙して彼女のする話を聞いていた。

「その恩人(・・)の息子を、今度は苦しめるというのかい?」

「そもそもそのキョウゲツにとってかけがえのない存在、あ~と、名前なんだっけ? そうだ、アクタだ。日本語でゴミの意味らしいが、闇医者に手を回してその女を秘密裏に始末せしめたのはディオティマ、ほかならぬおまえ自身だろうが? どの面を下げて合うつもりだ? その、ウツロとやらに」

 月桂樹をかぶった二人の青年が語りかける。

「ふふっ、アガトンにグラウコン、確かにそのとおりです。ミスター・キョウゲツの怒りを増幅し、魔王桜にとってよりよい食事となるよう、わたしが実験の前にしこんでおいたのです。しかし、保険(・・)をかけておいてよかった。その子どもたちを生かしておいて。実際にその息子、ウツロは劇的に成長したのです。人間としても、アルトラ使いとしても。まさに、わたしの実験に必要な材料として、これほどにないほどふさわしいくらいにね」

「日本へ行く理由のひとつはそれかい? ウツロを捕らえ、いつものように好き勝手こねくり回したいのだろう?」

「鬼畜であるな、ディオティマ。だが、それでこそおまえであるとも言えよう」

 アガトンとグラウコンは順番に答えた。

「ふふっ、しかり。日本へ行く目的はいくつかありますが、メインはやはり、ウツロでしょう。父であるミスター・キョウゲツ同様、わたしに協力していただきますよ? ふふっ、ふはははははっ!」

 おたけびのような魔女の笑い声が、しばらく研究室内にこだました。

「バニーハート、わたしといっしょにいらっしゃい。あなたの力が必要となります」

 正面ななめ方向に座っている少年に声がかけられた。

 青白い顔色をしていて、肩を出した服装、ラッパのように開いた袖をだらしなく揺らしている。

 半ズボンから伸びた脚は外側へ曲がっていて、その手にはグロテスクなウサギのぬいぐるみがかかえられている。

 頭からはやはりウサギの耳が生えており、レモンのような形の目も同じように、ウサギのように爛々と赤く光っている。

「ぎひひ……また、ディオティマさまの、オモチャが、増える……」

 老人のようにしゃがれた低い声で、バニーハートと呼ばれる少年は答えた。

「そうですね、バニーハート。あわよくばウツロを、いや、そのお友達もついでに、わたしのコレクションに加わってもらいましょう?」

「モルモット、改造、洗脳、オモチャ、オモチャ、ぎひっ、ぎひひひ……」

 バニーハートはかくかくと体を揺らしながら笑っている。

「もちろんあなたにも、おこぼれはあげますよ? ふふっ、ふふふ」

「ぼくの、エロトマニアは、無敵の、アルトラ……」

「そのとおりです、バニーハート。この世の果てまで標的を追いかけるその能力、ウツロ一味を生け捕りにするため、必ずや役に立つことでしょう」

「ぎひっ、ぎひひ……」

「楽しみですね、ウツロ・ボーイ? ふふっ、ふはははははっ!」

 二人の姿はスッと、まるで最初から存在しなかったかのように、その場からすっかりと消え失せた――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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