第41話 這い寄る気配

文字数 1,691文字

 浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)の仕掛けた罠・火牛計(かぎゅうけい)(さいな)まれながらも、ウツロは別の情報である万城目日和(まきめ ひより)のことについて打ち明けた。

「万城目日和の気配が?」

「ああ、俺の下駄箱から感じた殺気と、まったく同じものだったよ」

 コーヒーを飲む手を止めた星川雅(ほしかわ みやび)に、ウツロは事実を伝えた。

「万城目日和、またかよ。いったいどんなやつで、どこにひそんでるんだか……」

 南柾樹(みなみ まさき)も片付けの手を止めて考え込んでいる。

「なんていうか」

 真田龍子(さなだ りょうこ)にはふと思い立つことがあった。

「どんどん近づいてきてる気がしない? 万城目日和が」

 彼女はさりげなくそう言ったが、果たしてそれは的を射ていることだった。

 一同は背筋が寒くなって、また深く考えはじめた。

「龍子の言うとおりだわ……ひょっとしたら、わたしたちが思うよりもずっと近くにいるのかもしれない。たとえば学校の関係者とか、あるいは……」

「考えたくはねえが、俺らがよく知っている誰かって可能性もあるよな」

「うん、俺もその可能性について考えていたんだ。俺たちの身近にいる誰かが、もしかしたら万城目日和なのかもしれない」

 星川雅、南柾樹、そしてウツロの考えていることは一致していた。

 万城目日和は意外なほど自分たちの近くにいるのではないか。

 それが彼らを不安に駆らせた。

「誰かに化けてるってこと?」

「もちろんその可能性もあると思う。でもたとえば、万城目日和がはじめからその人物として、俺たちに近づいていたということも否定できない」

「それ、って……」

「父さんの言ったことが本当なら、万城目日和も暗殺のいろはは心得ているはず。その中に、最初からこの世に存在しない人物となって、標的に近づくというやり方があるんだ。対象に好意的に接して、完全に懐柔(かいじゅう)したところでとどめを刺すというやり方がね」

「なんて、こと……それじゃあ……」

 真田龍子の疑問に、ウツロはおそるべき見解を示した。

 万城目日和はウツロたちへ近づくため、架空の人物を(よそお)っている可能性がある。

 そもそもの話、万城目日和の本当のプロファイル自体、誰も知るよしがない。

 真田龍子の脳裏に一抹(いちまつ)の不安がよぎった。

「龍子、考えたくない気持ちはよくわかる。でもウツロの指摘することは、決して否定できない。いつもなにげなく接している誰かが、実は万城目日和なのかもしれない。絶対に油断はできないよ?」

「そんな……」

 ひょっとしたら自分のよく知っている誰かが、自分を狙っているのかもしれない。

 星川雅の言及(げんきゅう)は、真田龍子をますます不安にさせた。

「やれやれだな、そんなことを心配するのはよ。ウツロ、それを踏まえてこれからは、絶対に警戒を(おこた)っちゃならねえ、そうだな?」

「ああ、柾樹の言うとおりだ。今後、外に出るときはペアを作って、絶対にひとりきりでは行動しないようにしたほうがいい。それでいいかな、みんな?」

 南柾樹の指摘を受け、ウツロは合理的な提案を示した。

「適格な判断だね、さすがはわれらのリーダーくんだよ?」

「からかわないでくれ、雅」

「あら、これでもほめてるんだよ? さっそくリーダーシップを発揮してるじゃん?」

「うーん、リーダーか……本当にいいのかな……」

 ほくそ笑む星川雅に、ウツロは照れくさくなった。

「大将がうじうじしてるのはなしだぜ、ウツロ? どーんとかまえてりゃあいいんだよ」

「いよっ、リーダー! ひゅーひゅー!」

「龍子まで、もう……」

 南柾樹と真田龍子にもからかわれ、ウツロはますます気恥ずかしくなった。

 やがて片付けも終わり、一同は食堂から退出した。

 星川雅だけは考えをまとめたいからと、ひとりその場へ残った。

   *

 しばらく時間が()ってから、何者かが食堂のドアを開いた。

 武田暗学(たけだ あんがく)だ。

「お邪魔するよ」

「……」

 彼はくたびれた着流しをひらひらさせながら、星川雅とはテーブルの差し向かいに腰かけた。

「ウツロくん、鹿角元帥(ろっかくげんすい)火牛計(かぎゅうけい)にはまっちゃったみたいだね。雅ちゃんも気づいてたんでしょ?」

 出し抜けにそう語り出した。

「さすがは龍影会(りゅうえいかい)(ぜん)式部卿(しきぶきょう)ですね、武田暗学先生?」

 無精ひげの口角(こうかく)がかすかに上がった――

(『第42話 星川雅(ほしかわ みやび)武田暗学(たけだ あんがく)』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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