第78話 アオハル・イン・チェインズ

文字数 1,135文字

 日が落ちてきたころ。

 ウツロと真田龍子(さなだ りょうこ)は、そろって中庭のウッドデッキに腰かけていた。

 短い間にいろいろなことが起こりすぎ、二人ともくたくたに疲れている。

「そう、柾樹(まさき)が……」

「驚かないの?」

「なんだか、慣れてきちゃって……」

 南柾樹(みなみ まさき)龍影会(りゅうえいかい)の総帥の息子だった。

 その事実を聞かされても、愕然とする反面、態度に表す気力がわいてこない。

「でも、スパイではないんだよね?」

「それは、確かなようだね。俺は柾樹を信じるよ」

 ウツロの柾樹への疑念がきっかけとなり、真田龍子とは一度、仲たがいをしている。

 彼女はそれを思い出すことを気にかけつつも、確認しておかないという選択肢を取ることができなかった。

 ジレンマであるとはいえ、彼らの胸中は複雑だ。

「ごめんねウツロ、あんなことしちゃって……」

「いいんだよ龍子、俺が原因を作ったんだし」

「ほらまた、何でもかんでも自分が悪いって考え、よくないよ?」

「そうは行っても、ね。こればかりは性分なんだからさ」

「もう一回、バカになる?」

「ん……」

 手を重ねられて、ウツロはさきほどまでのやり取りを思い出し、また体が熱くなった。

 はじめてから数えて何回目か。

 年齢相応とはいえ、燃え盛る炎を押さえつけることができない。

「どうするのウツロ? わたしも連れて行ってくれるの? その天国ってところへ?」

「男のエゴなのかもしれないけどね」

「ふ~ん」

 真田龍子はウツロのほうへ寄りかかった。

「わたしはもう、天国にいるんだけどね?」

「龍子……」

 ブレーキが吹っ飛んだように、二人の心は加速した。

「君を、幸せにしたいんだ」

「嘘ばっかり」

「エゴ、かな……?」

「幸せにしたいのは、自分自身のほうでしょ? 昭和男」

「んん……」

 魔性が誘惑する。

 いや、それもエゴなのかもしれない。

 少年は耐えきれなかった。

「行っちゃいなよ、天国」

「龍子……っ!」

「ふふっ、かわいい、ウツロ」

「無体だな、龍子……」

「どっちが」

 冷え切った空間に、熱の塊がひとつ。

「あ」

「雪……」

 ひらひらと落ちてくる。

 それはまるで、白い桜のような。

「桜の朽木に虫の這うこと、か……」

「また言ってるし」

「悪いかよ」

 真田龍子は立ち上がった。

「部屋、行こ」

 ウツロのほうへ手が差し伸べられる。

「パッパラパーにしてあげるよ?」

「……」

「天国はこの世のいたるところにあり」

「なんだよ、それ……」

「わかってるくせに、この毒虫野郎?」

「ん……」

 ウツロはそそくさと、真田龍子のあとにしたがった。

 鉄格子の中にも青春あり。

 枷と鎖につながれていても、アオハルはあるのだ。

 旅に疲れては杖を休めるように、彼らはしばし、安らぎの場を求めることにした。

 ちらほらと降り注ぐ雪が、二人の想いによりそっているかのようだった――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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