第19話 忍び寄る影

文字数 1,796文字

「どう、ウツロ? この世には、わたしたちなんかじゃ想像すらつかない世界があるんだよ?」

 星川雅(ほしかわ みやび)は念を押すように言った。

 ウツロはすっかり(だま)ってしまった。

 あまりにも次元の違う、雲の上の話だったからだ。

「これ以上は話さないし、知るべきじゃない。あなたたちにもし危害(きがい)(およ)んだら、いくらなんでも心苦(こころぐる)しいしね」

 真田龍子(さなだ りょうこ)も息が()まるのを感じ、言葉を失っていた。

 星川雅は再びコーヒーをすすったが、その手はかすかに(ふる)えている。

 自分で話を切り出したものの、組織の、そして『閣下(かっか)』のおそろしさをよく知っている立場として、戦慄(せんりつ)(かく)せなかったのだ。

万城目日和(まきめ ひより)……」

 唐突(とうとつ)にウツロがそう、口走(くちばし)った。

 星川雅と真田龍子は、ギョッとして彼のほうを見た。

「彼女からコンタクトがあった」

 ウツロはうなだれていた顔を上げ、真剣(しんけん)眼差(まなざ)しで言った。

「……なんで、それを早く言わないのよ……?」

 星川雅が驚いてきき返す。

「いまの話に、気圧(けお)されてね」

 万城目日和(まきめ ひより)――

 ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)に殺害された政治家・万城目優作(まきめ ゆうさく)のひとり(むすめ)――

 似嵐鏡月の末期(まつご)述懐(じゅっかい)によれば、彼が(ひそ)かに保護(ほご)し、ウツロと同じく、暗殺の(すべ)指南(しなん)したとあった。

「万城目日和……ついに、動いたってゆうの……?」

 星川雅はおそるおそるたずねた。

「これを見てくれ」

 ウツロは先だっての『手紙』を二人の前に差し出した。

 その文面に彼女らは総毛(そうけ)だった。

「なるほど、この『手紙』に誘導される形で、あなたは体育倉庫までやって来たってわけだね?」

「ああ」

「いったい、何が目的なのかな……わたしたちを、かく(らん)したいってこと……?」

「わからない、そこまでは……何か、彼女なりの意図があるのかもしれない……」

 星川雅とウツロは、こんなふうにマジマジと『手紙』の文面(ぶんめん)に目を()わせながら、万城目日和の思惑(おもわく)について談合(だんごう)した。

「わたしを……」

 真田龍子がやにわに口を(はさ)んだ。

「わたしを、助けようとしてくれたんじゃないかな……?」

 二人はポカンとした。

「わたしが傷つけられるってことは、ウツロも傷つく……生意気(なまいき)な考え方かもしれないけど、それを()けようとしたんじゃ……」

 真田龍子は続けたが、星川雅とウツロは納得がいかない様子だ。

「龍子、悪いけれど、それはないって。万城目日和は叔父様(おじさま)の手にかかって、父親を殺されてるんだよ? ウツロが叔父様の実の息子だったってことも、おそらく知っているはず。ウツロに(にく)しみを向けることはあっても、助けるだなんて……」

「龍子、すまないけれど、俺も雅に同意する。想像にすぎないけれど、万城目日和が俺のために何かをするなんてことは、ありえないと思うんだ。俺を傷つけるということは、あってもね」

 二人から食ってかかるような態度を取られ、真田龍子は萎縮(いしゅく)した。

「……そう、だよね……ごめん、変なこと言っちゃって……」

 彼女がシュンとしたのを見て、ウツロは(あわ)てた。

「ご、ごめん龍子、こっちこそ……そんなつもりは、なかったんだ……」

「龍子はおひとよしすぎるよ。()きにつけ、()しきにつけね」

「雅、そんな言い方はないだろう」

「なによ? 珍しくわたしに同意するだなんて、せっかくいい気分だったのにさ」

 ウツロと星川雅がきなくさい雰囲気(ふんいき)になったので、今度は真田龍子が(あわ)てた。

「ああもう、落ち着いて二人とも。でも、こわいよね……いつ(おそ)ってくるかもわからないんでしょ? その、万城目日和が……?」

 彼女は不安な気持ちを正直に吐露(とろ)した。

「そうだね。くれぐれも油断はならないってとこだね」

 星川雅は指を(あご)に当てて、物思(ものおも)いに(ふけ)った。

 万城目日和への対策(たいさく)をどうするか。

 それを考えていたのだ。

「あ、そうだった……」

「なに、ウツロ?」

「これが、俺の革靴(かわぐつ)の中に()れられていたんだ」

 ウツロはくだんの『(なぞ)物体(ぶったい)』を、ブレザーのポケットから取り出して、二人にかざして見せた。

「これは、『(つめ)』かな……形からして、爬虫類(はちゅうるい)のもののようだね……」

 星川雅はマジマジとそれを見つめながら、そう()べた。

「おそらく、万城目日和もアルトラ使いだ。この『爪』は、そのことを示唆(しさ)していると思うんだ」

 万城目日和がアルトラ使い――

 ウツロの指摘(してき)に、星川雅と真田龍子は戦慄を禁じえなかった。

 三人は拳大(こぶしだい)の大きな、(するど)いその『爪』に不気味さを覚えつつ、しばらく視線を離すことができなかった。

(『第20話 保健室の狂気、再び』へ続く)
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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