第75話 天国に一番近い場所

文字数 1,333文字

浅倉(あさくら)め、いまごろ兄妹で俺のことをごちゃごちゃ言ってるんだろうよ」

 弟・鬼堂沙門(きどう しゃもん)が運転する車の中で、兄・鬼堂龍門(きどう りゅうもん)は不快そうにつぶやいた。

「兄さん、さすがにまずかったのでは? もし元帥の機嫌を損ねてしまったら……」

「沙門よ、これも計略のうちさ。総帥閣下は非常に気まぐれなお方だ。俺はただ、あわよくば浅倉がつぶされるように誘導しているだけだよ」

 グラスに注いだミネラルウォーターでのどを潤す。

 総理大臣に就任したとき、プライベートでのアルコール類は一切断った。

 いつなんどき危険にさらされるかもしれないという気構えからである。

「諸刃の剣ではないでしょうか?」

 弟・沙門がハンドルを操作しながら語りかける。

「かまわんさ。さすがの総帥閣下も、よほどの大義名分がありでもしないかぎり、身内に手をかけることなどはありえん。リーダーとはそういうものだ、おしなべてな。掌握するフレームが大きくなればなるほど、支配者というものはいやおうなく、より大局を見ざるを得なくなる。王様のジレンマとでも言うべきか……」

「首を落とされた王様もいますよ?」

 顔を緩める弟に、兄もつられてほほえむ。

「ふっ、いいぞ沙門。まさにそこ、そこなのだ。いつ首を落とされるかもわからないという緊張感、それこそが王を強くするのだ」

「さすがは兄さん、まさに王者としてふさわしい」

 二人はくつくつと笑いあった。

「それにしても、万城目日和(まきめ ひより)だ。あのいまいましい優作(ゆうさく)の娘が、いまになってのこのこと姿を現すとはな。前々から俺のことを探っている様子ではあったが……」

「官邸や各省庁へときおりアクセスしてくる謎の脅迫者。コードネームは"Lizard(リザード)"。真面目なんですね、彼女」

「まったくだ、親父にそっくりでむしずが走る。沙門よ、さくら館を監視しろ。やつの動きを探れ。俺の寝首をかこうとたくらんでいないわけがないからな」

「はっ。処遇についてはいかがいたしますか?」

「実際に動くのはまだだ。総帥閣下の許可がいる。そっちのほうが、もっとおそろしいからな」

「あのアパートともつながりのある、斑曲輪民部卿(ぶちくるわみんぶきょう)にも打診してみてはいかがでしょうか?」

「なるほど、な……その手があったか。さすがは沙門、おまえは頼りになる弟だ、実にな」

「滅相もございません。すべては兄さんの天下取りのためですよ?」

「ははっ、そうだな。そのためには、目障りなのは日和だけではない、な……」

「おそろしいことですね。しかし、扉は開かれている……」

 ハンドルのグリップに、小さな群れがうごめいている。

 小指ほどもない「妖精」たち。

 童話に登場するようなかっこうをして、鬼堂沙門の手の周りにじゃれている。

「俺のアルトラ、オベロンは遠隔操作が可能です。こいつらもすでにネットワーク上に解き放ち、トカゲ少女の行方を探索しております」

「完璧だ、沙門。打てる手はすべて打っておくのだ。いざとなれば、俺のメイド・イン・ヘルで八つ裂きにしてやるがな」

「王を動かしてしまっては、配下としてすたりますけれどね?」

 彼らは肩を揺らした。

「さあ、日和ちゃんよ。どう料理してくれようかな? ははっ、ははは!」

 天国に一番近い場所にいる男は、このようにしていつまでも笑いつづけた――
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登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

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