第32話 朝稽古

文字数 1,878文字

「はあっ!」

 ウツロの黒刀(こくとう)が大気を震わせた。

 マルエージング(こう)(おも)剣閃(けんせん)が放たれる。

「甘いっ!」

 星川雅(ほしかわ みやび)は右手の阿呼(あこ)でそれをいなすと、勢いを利用して回転し、左手の吽多(うんた)死角(しかく)(とら)えた。

「取った!」

「ふんっ!」

 ウツロはさらに体をひねり、柳葉刀(りゅうようとう)の鋭い一撃を受け止めた。

「くっ!」

 星川雅は背後に跳躍し、じゅうぶんな間合いを取る。

 ウツロは体勢を整え、黒刀をかまえなおした。

「へえ、腕上げたじゃん。前とは比べものにならないよ?」

鍛錬(たんれん)(おこた)っていないからな。当然だ」

「ふん、生意気。でもその程度じゃ、せいぜい自分の身を守ることくらいしかできないよ?」

「っ!?」

龍子(りょうこ)を守るつもりなら、もっともっと、強くならなきゃね?」

「ぐっ……」

 心の中を見透かされ、彼は(くちびる)をかんだ。

 そのとおりだった。

 ウツロは真田龍子(さなだ りょうこ)を守りたい一心で、さらに強くなることを望んでいたのだった。

 皮肉なことにその(あせ)る気持ちは、彼の心の中に確実なくもりを作り出していた。

「はいはいお前ら、その辺にしとけ。早いとこ準備しないと、学校に遅れるぜ?」

 『見学』していた南柾樹(みなみ まさき)が見かねて二人を制した。

 さくら(かん)の敷地の地下には秘密の空間が設けられており、その中にある道場で、ウツロと星川雅は日頃から、鍛錬に励んでいた。

 切磋琢磨(せっさたくま)といえば聞こえはよいが、二人とも自分が知らない技術を相手から盗み出そうと躍起(やっき)になっている。

 ウツロは愛の対象である真田龍子を守りたいという使命感に取りつかれていたし、星川雅も得体(えたい)の知れない焦燥感(しょそうかん)を取り除こうと必死になっていた。

 そこにはやはり、くだんの組織の存在や、あるいは万城目日和(まきめ ひより)の影がある。

 南柾樹は肩を震わす二人を心配した。

「ウツロ、そんなに焦るなって。お前の気持ちもわかるけど、急がば回れっていうだろ?」

「ありがとう柾樹。どうにも落ち着かなくて。不安だったんだ。もし、そのおそろしい組織や、万城目日和が襲ってきたとき、俺は……俺は果たして、龍子や、みんなを守れるのかって……」

 ウツロはうつむきかげんにそう告白した。

「背負いすぎなんだよ、ウツロは。よきにつけ悪しきにつけね。なんでもかんでも自分で背負おうとするのは、あなたの悪癖(あくへき)だよ?」

 星川雅も彼のことを気づかってそう言った。

「わかってる、わかってるんだが……こればっかりは性格だから、どうにもね……」

 ウツロの迷いを感じた南柾樹は、なんとか彼を落ち着かせようとした。

「親父の言葉を思い出しな。どんなときでも、心をくもらせるなって言ってただろ? なーに、難しいことじゃねえ。アクタの言ったみたく、パッパラパーでいりゃあいい。そうだろ?」

 最大限気をつかって、そうなだめた。

「そうだね、そうだった……俺としたことが、情けないよ。それだけはブレないでいようとしたはずだったのにね」

 ウツロの自己否定が久しぶりに発動した。

 まずいと思った星川雅は、急いで牽制(けんせい)を試みた。

「ほらほら、自分を責めない。人間論もけっこうだけど、ひたすら這いまくってりゃいいってわけじゃないでしょ? ときには立ち止まることも大事だよ。そうすることで見えてくる景色だってあるんじゃないの?」

 このように(さと)され、ウツロもやっと平静さを取り戻してきた。

「そう言ってくれてうれしいよ、雅。すまない、君という人間を誤解していた」

「はあっ、都合のいいやつ! こっちは大事なペットを取られて最悪だってのにさ! ほんっと、あんたが来てからろくなことがないよね。この、毒虫野郎!」

「そういうところが、雅のいいところだよね」

「ふん……」

 ウツロのことを思ってわざと大仰(おおぎょう)にふるまったが、逆に悟られたことでむしろ彼女は安心した。

 それでいいんだよ、ウツロ。

 そんなことを思いながら、星川雅は退場した。

 ほころぶ顔を隠しながら。

「ウツロ、そういえばお前、今日は職場体験に行くんだっけか?」

「ああ、たこぐもって会社の運営する事業所に行く予定なんだ。聖川(ひじりかわ)柿崎(かきざき)も一緒だよ」

「ネギ掘るらしいじゃん。今晩のおかずがねえんだ。ちょこっとおすそわけもらってきてくんね?」

「はいはい、交渉してみるよ。ちゃっかりしてるな」

 ウツロはそう言うと、黒刀を小脇(こわき)に退場した。

 南柾樹はその背中を見つめていた。

 真田龍子を守りたいという気持ち、よくわかる。

 だがその気持ちが、まかり間違ってよくない結果を招くのではないか。

 南柾樹はそれを憂慮(ゆうりょ)していた。

 そして彼らの不安どおり、(やみ)にうごめく者たちの魔手は着々(ちゃくちゃく)と、その日常を侵食(しんしょく)しはじめていたのである――

(『第33話 たこぐもチャレンジドへ』へ続く)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

氏名:ウツロ


父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と兄・アクタの壮絶な死から約半年、その事実と向き合いながら、現在はアルトラ使いを管理・監督する組織「特定生活対策室」の意思のもと、佐伯悠亮(さえき ゆうすけ)を名乗り、名門私立である黒帝高校(こくていこうこう)の学生として、充実した日々を送っている。

彼を救った真田龍子とは相思相愛の仲である。

趣味は思索、愛読書はトマス・ホッブズの「リヴァイアサン」

龍子の弟・虎太郎の影響で、音楽にものめり込んでいる。


アルトラ名:エクリプス


虫を自由自在に操ることができる。

虫を身に纏い、常人離れした能力を持つ戦士へと変身することもできる。

氏名:真田龍子(さなだ りょうこ)


魔道へ落ちかけたウツロの心によりそい、彼を救い出した少女。

慈愛・慈悲の精神を持っているが、それを「偽善」だと指摘されることもあり、ジレンマを抱えている。

ウツロとは相思相愛の関係。

真田虎太郎は実弟。


アルトラ名:パルジファル


他者を肉体的・精神的に治癒することが可能であるが、能力を使用するときの負担が大きい。

氏名:南柾樹(みなみ まさき)


はじめはウツロを邪険にしていたが、それは彼に自身の存在を投影してのことだった。

アクタの遺志を受け継ぎ、ウツロを守ると心に誓っている。

いまでは彼のよき友である。


アルトラ名:サイクロプス


巨人に変身できる。

絶大なパワーを持つが、その姿は彼のトラウマの結晶である。

氏名:星川雅(ほしかわ みやび)


似嵐鏡月は叔父であり、すなわちウツロとはいとこの関係である。

両親はともに精神科医で、彼女もすぐれた観察眼を持っている。

傀儡師の精神を持つ母の操り人形として育てられ、屈折した支配欲求を抱いている。


アルトラ名:ゴーゴン・ヘッド


「二口女」よろしく、髪の毛と後頭部の大口を自由自在に操ることができる。

氏名:真田虎太郎(さなだ こたろう)


真田龍子の実弟。

姉同様、慈愛・慈悲の精神を持っている。

ウツロと同じく考えすぎてしまう傾向がある。

好きな作曲家はグスタフ・マーラー。


アルトラ名:イージス


緑色の「バリア」を張ることができる。

他者にもそれをかけることが可能である。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み