第74話 EX編4 夢喰いのこと2

文字数 3,197文字

 三十分ほど経った頃だろうか、宗像さんが目を覚ました。意識もしっかりしているようで、会話ももう大丈夫ということだった。

「初めまして。弁護士の橘と言います。寝たままで大丈夫ですので、少しお聞きしたいことが」
「宗像……夢人です……あの……」

 不安げな顔で言葉を詰まらせている。

「こいつは俺の親友だ。安心しろ」
「宗像さん、まず確認ですが人間の戸籍は……ありますか?」
「……いえ、無いです」
「なんだ、お前さんは無戸籍者か」

 俺や八神を含め、想叶者の多くは人間の世界に入り込んで生きる道を選んでいるが、社会的権利を得るために人の戸籍を取得している。

「この部屋、契約はどうなってるんです?」
「ここは、その写真の女性……名前は聡美(さとみ)さんって言って、以前は彼女が住んでいた部屋です」

 宗像さんが目線で示したのは、先ほどの写真立てだ。そんな宗像さんは、写真の中の聡美さんの横で微笑む男性によく似ている。

「聡美さんが亡くなった後、僕はその恋人である成也(なるや)さんの姿を借りてここに住み続けています。大家さんは、今時こんな古いアパートは入る人いないから住んでもらえる方がありがたいと……。更新の時には僕の名前を書いただけです」

 成也さんになりすましているわけでもなく、アパートの大家は、聡美さんの部屋に良く出入りしていた彼の姿に見覚えがあったが名前を知らなかったため、宗像さんの名前で受け入れてもらえたそうだ。



 詳しく話を聞けば、宗像さんは想叶者の中でも非常に稀なケースだった。

 俺や八神のように元々別の生物として生きてきた者が、想いの力で想叶者となるというのが一般的だが、その経過は様々だ。八神は人間の祈りと儀式で想叶者となった。俺は人間への恨みと復讐心からだが、妹は人間への愛情を募らせて、だ。

 実体を持たないところから、人間の想い……聡美さんの夢と悪夢、恋人との想い出を含むと言うから、実質人間二人分の全ての想いを喰らい尽くしたという話しだ。

 聡美さんは脳の奥にできた腫瘍と闘うには資力が足りず、闘病の途中で最愛の成也さんが事故で亡くなり、その後でこの部屋で最期を迎えたという。聡美さんは身寄りがなく孤独死ということだった。

 聡美さんが亡くなった直後、枕元から生まれ出た宗像さんは置きっぱなしになっていた成也さんの服を着て大家のもとへ訃報を伝えに行ったとか。

 宗像さんと大家さんが立ち合って葬儀を執り行い、聡美さんの遺骨は今も室内の小さな祭壇に置かれていて、その横にはギターが置かれていた。

 少し古い記憶が俺の頭をよぎり、無理やり振り払った。



「ところで宗像さんは、なぜ幻星の昴を手に入れようとしていたんですか?」
「えっと……僕が生きていくのには……悪夢が必要なんです。……でも今は滅多に手に入りません。(ばく)に食べてくれるようにと祈ってくれる人が……いないからです」

 ……あぁ、想叶者が犯罪に手を染める動機の一つだ。

「それでこの姿で社会に潜り込んで人間として働いてお金をもらって、ここの家賃を払って……わずかな暗想属の結晶を買ってそれを食糧にして暮らしていました。どうしても足りない時は人間の遺体から想いを取り出して食べてたんです。……俊郎さんの居る会社には、先日転職したばかりなんです」
「……加賀美さんたちに接触するために転職を?」
「いえ! ……俊郎さんと稲月君が幻星の昴を持っていたと知ったのは転職した後で、まったくの偶然です」
「遥の話じゃ、幻星の昴が落ちた日には既に出社日が決まってたそうだ」
「えぇ、その通りです。それで……何社か面接をしていた頃、新宿駅で人身事故があって……とても……その……腹が減っていたので、遺体を目の前にしたら……持ち帰るための結晶を作るのに夢中になってた時、背後からキリカに楔を……刑戮の楔を打ち込まれました」
「打ち込む……?」
「朝方に言った特殊な合金のことだ。四本も刺さっていやがったよ」

 八神が見せてくれた画面には、定規と並べて写っているボールペンほどの太さで長さはそれぞれ五~六センチほどの物体。こんなものを背後から……。

「これが刺さったまま今まで生活していたそうだ。証拠品(ブツ)は今、専門家に解析に出してある」

 ずいぶん残酷なことをするな……。

「その後は無理やり研究室に連れて行かれて……。キリカは、遺体から幻想波を抜き取ることが出来るのは特別な力だ、と教えてくれました」
『詠出の力を持つ想叶者であっても、普通は遺体から幻想波を抜き取ることはできない』

 八神がスマホに打ち込んだ画面を見せてきた。後でその辺りについて詳しく教えてもらう必要がありそうだ。



 宗像さんの話によると、最初の一本の楔で体の自由を奪われて行動を強制させられ、残りの三本はそれぞれ『遺体から暗想属を結晶にする』『研究室に帰る』『それを無償で差し出す』というものだったそうだ。

 それぞれの楔は首に打ち込まれた後、皮のチョーカーの内側に繋がれて簡単には抜けないよう細工がされていたという。何という残忍性だ。

「でも……本当は命令違反をした時に、死に至らしめるもの……だったようです。あのまま死ぬと思っていたんですが、八神さんが……助けてくれました」
「何でそんなことになったんですか?」
「幻星の昴は、特殊な幻想波を放出していて、キリカはそれを計測できるシステムで観測していたので……恐らく存在が消えたことに気づいて、刑戮の楔を……」
「消えた?」
「恐らく、としか言えないのですが……稲月君と俊郎さんなら解るかと」

 八神が明らかに不機嫌そうに腕を組む。

「今度、二人と直接会う時に聞いてみるしかねえな」
「……あぁ」



 宗像さんは人間としての知識や生き方は、聡美さんと成也さんの想いを詠んだ時に習得していたため、人のフリをして生活を始めるのは容易だったそうだ。成也さんのデザインに関する知識も受け継いでいるので、この十年、デザイナーとして仕事をしてきたという。

 自分が普通の人間ではなく想叶者であるということは、歌舞伎町の路地裏に暗想属を求めて集まっている無戸籍の者たちから色々教えてもらったそうだ。



「橘先生……、僕は……俊郎さんと翔太君、それから稲月君に申し訳なくて……自首したいんです」
「はい、そうしましょう」
「ずいぶんあっさり言いやがるな」
「まぁね」

 まずは警察に行き、事件を起こしたと自首をし、その時点で想叶者だと打ち明けてしまう。すると幻想課が担当部署になって取り調べが始まる。

 誘拐の動機まで話す段になれば、キリカの方が重大事件だと判断してすぐにそちらの事情聴取が始まるはずだ。錬金術は幻想結晶が絡むため担当部署は同じく幻想課。

 翔太君の誘拐事件については加賀美さんからの被害届や告訴がないと言うことで不起訴になるだろう。悪くても執行猶予……。

「八神、そういうわけで俺は宗像さんの弁護人は引き受けないから」
「え? どういうわけだよ」
「その代わりキリカの事件の方で、宗像さんと加賀美さん両名の代理人を引き受けたい」
「なんだ、そういうことか……。そしたら遥も証人になる可能性があるから、遥の
代理人も頼めるか?」
「任せてくれ」
「あ……八神さん、稲月君は……無事ですか?」
「ん? 遥なら元気だぞ。昨日は散々ベソかいていたがな」
「ベソって……未成年っていうけど、稲月君って何歳(いくつ)
「……四歳」
「は?」
「え?」

 ……宗像さんからも変な声出た。

「あいつは閏年の二月二十九日生まれなんだよ」
「あぁ……、じゃあ十六歳以上ってことか」
「今十九だったな。今は生意気な大学生だよ」
「生意気……ははは」

 宗像さんが力の抜けた声で笑った。

「本当に遥がすまなかったな。アイツは最近、特に調子に乗ってんだ」
「いえ……勇敢でしたよ。僕から大事な情報を全部引き出して行きました。焦っていたとはいえ、僕の完敗でした」

 そう言って、宗像さんは少し困った顔で微笑んだ。
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