第43話 夢を追う人

文字数 2,558文字

「これ、どうしたの?」
「はるかくんにもらった」
「そうか、それは良かったね」
「ちゃんとありがとうした!」
 昨日、想叶者の話を聞いたばかりだったから、翔太が自分で作り出したものじゃなくて一安心した。
 ……一安心? 一安心……。
 ……私は……心のどこかで想叶者である遥に憐みの気持ちでも抱いてるのだろうか?
「たからものにする!」
 翔太は遥にもらった誰かの想いでこんなに喜んでいるし、私も遥が想叶者だったからこそこうして生きている。
「失くしたら大変だから、ポッケにいれとこうね」
「うん! あのねタマムシきれいだった! あとじめんキラキラ!」
「じめんキラキラ?」
「じめんがキラキラしてた!」
 二人は森の中で、きっと素敵なものを見つけたのだろう。
「じゃあ、今日は楽しかったね」
「うん!」
 翔太は帰ってからもずっと遥のことや虫やキラキラの話をしてご機嫌そのもので、新宿御苑に連れて行ったのは正解だった。
 祥子さんの方は午後から弟さんが来てくれたそうで、久しぶりに実家のご家族と水入らずで過ごせたようだ。
 ずっとはしゃぐ翔太に「よほど楽しかったのね」と喜んでいた。

* * * * *

 日曜日と翌日の海の日の連休を挟んで火曜日、少し早めに家を出る。
 夏休みに入った遥は、今日から朝から出勤してくれることになっていた。
 まだ他の社員が出勤する前、来客のインターホンが鳴る。朝礼前の打ち合わせのために宗像さんが出勤してきたようだ。
 通用口に迎えに行くと、そこにいたのは奇抜なファッションの若者だった。デザイン部の者は初日からこんな感じで個性的なのだが、大体は履歴書の写真はスーツでかっちりしているため、ギャップがありすぎてドアを開けたときに面食らう。
 そして、病院の消毒液の匂い……?
「あっ、あああの、むむ宗像夢人です。おおお世話になります」
 初対面だし、緊張してるのだろうか。でも程度の差はあれ初日はみんな緊張している。
「早い時間からありがとうございます。今日からよろしくお願いします」
 まずはまだ誰もいない人事部に通すと……挙動不審そのものだった。
「どうぞ、そちらにお座りください」
「あ、はははい!」
 私の机の向かいの丸椅子に座るように勧めたのだが――
「あっ!」
 ぶつかった上に椅子がキャスターで移動して尻もちをついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、あ、はい、だだ大丈夫です。イテテ」
 尻もちって結構痛いし本当に大丈夫だろうか。
 改めて座ってもらい、ようやく落ち着いたようだった。
「人事部の加賀美です。宗像さんは今日からデザイン部に配属ですので、朝礼のあとそちらにご案内しますね」
 あ……金曜日に遥の救急搬送騒ぎでドタバタしてパソコンを持っていくのを忘れていた。
「朝礼では簡単な自己紹介をしてもらうのですが、大丈夫ですか?」
「えっ! ちょ朝礼でじじじ自己紹介……はい、やり……ま……す」
 語尾がフェードアウトしていった。
「……だ、大丈夫です……」
 手のひらで胸をトントンと叩いているのは、自分で気を落ち着けているのだろうか?
「デザイン部は気さくな者しかいませんのですぐに馴染めると思いますよ」
 私がそう言うと安心したのか、力が入っていた肩がストンと落ちた。
「す、すみません。ぼ、僕……ど、どうしても緊張してしまって、ここも面接で落ちたと思ってたほどで……どうぞよろしくお願いします」
 本人も自覚している。きっとこれまで何社も受けていたのだろう。
 あとは田畑さんの言っていた通り、話をするとき目を合わせない。……いや合わせてるのだが、チラっと見ては伏し目がちになってしまう。
「実績やお持ちのスキルは申し分ないですから、安心してください」
「ほ、ほんとですか?!」
 ようやく笑顔が見れた。
 宗像さんは二十六歳とあったが、年齢より若く見える。色白・小顔で漆黒の髪に白いメッシュが二か所に入っていた。
 そして首には……服装によく合っている幅の太いチョーカーをしていた。これが傷跡を隠すための……。
 事故による負傷と聞いているが、本当にそうなのだろうか?
「あああ、あのこここれ、気になりますよね……。そのあの……や、やっぱりくくく首を吊っちゃったって……お、思われちゃいますかね……」
 不安げな表情で、自身の首をさすっている。
 まだ通院していてそれで消毒液の残り香がするのかもしれない。
「え……いや、大変でしたね……もう怪我は大丈夫なんですか?」
「は、はい、そそそれそれで仕事再開しようと」
「それは良かったです」
 いくつか書類を書いてもらっている間に遥も出勤してきた。
「おはようございます。あ! 宗像さんですね!」
「お、おはようございます。むむ宗像夢人です、よろしくお願いします」
「稲月遥です。アルバイトで俊郎さんのアシスタントをしてます。よろしくね!」
 二人を見ていると、ここって芸能プロダクションだっけ? という錯覚に陥る。
 簡単に自己紹介をして、朝礼のため三人揃って人事部を後にした。

 宗像さんは多少どもっていたものの、自己紹介を丁寧なお辞儀で締めくくった。
 藤田君からは遥やそれ以前に入社した人への妙な質問は無く、「服装がかっこいい!」という誉め言葉のみだったが、少し照れた笑顔を見せた宗像さんは「パンクファッションが似合ってる」と女性たちには好評のようだった。
 朝礼後、宗像さんは田畑さんに連れられてデザイン部の席へと向かった。
「遥君、パソコンを金曜日に移動し忘れてたので今から持っていきましょう」
「あー、そうだった」
 デザイン部に行くと、新規採用者セットの中のネームタグを田畑さんが預かるところだった。
「なんて呼んで欲しい?」
「えっ?」
 デザイン部はお互いニックネームで呼び合う習慣があり、呼ばれ慣れたものがあるならその希望通りに呼ぶシステムになっている。
「えっと、じゃあ下の名前で……夢人でお願いします」
「わかった! 良い名前だもんね!」
「そそそ、そうですか?! 『人の夢って書いて(はかな)いだよね』なんて笑われるんですけど」
「えー、そんなことないでしょ。良い名前よ。自信もって!」
 褒められると、素直に喜び赤面するシャイな青年のようだ。
 パソコンは宗像さんが自分でセッティングするというので、あとは任せて人事部に引き上げてきた。
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