第45話 俊郎の想い

文字数 2,837文字

「――って、遥君はそれを持っていて大丈夫なんですか?」
 私の言葉に顔を見合わせた後、遥が幻星の昴を八神さんへ手渡して見せた。
「……想叶者はすでに想いが叶った者だから、俺たちはこれに触ってももう何も起こらない」
「そう……なんですね」
「とりあえず、翔太君に何もなくて良かった!」
 そう言って安心している遥だが……遥自身は幻星の昴を手にしたことを後悔しているのだろうか?
「いや、例えば俊郎さん所のチビっ子がアンパンマンになりたいとか思ってて、それが叶っちまったら困るだろう」
 そんなことになったら確かに私も祥子さんもとても困る。いや、困るというよりどうしたら良いのだ。いきなりわが子が別人のようになる可能性もあるということなら、遥も八神さんも安堵するわけだ……
 しかし…………
「……それでも翔太は私たちの息子に変わりはありませんね」
「俊郎さんは、そう言うと思った!」
 遥は満面の笑みだ。
「おう、遥。チビん時の写真を俊郎さんに」
「え~~、あれ見せるの?」
「良いから、コイツをしまいに行きながらアルバムを持ってこいや」
 幻星の昴を箱に収めて一度席を外すと、アルバムを一冊持って戻ってきた。
「これが、想叶者になる前の遥だ」
 八神さんが指した写真の遥は、四~五歳くらいだろうか。確かに八神さんが昔は可愛かったと言ってた通りなのだが……髪も瞳も黒い。
「以前はこの姿だったということなんですか?」
「うん、そう。髪も目もこの色になってからの方が長いし、そもそもチビすぎて自分で鏡を見ること自体ほとんど無かったから、俺は今の姿の方がしっくりくるんだけど……ばあちゃんがね」
 あの短冊に込められたおばあちゃんの願い事は、幼き日のそのままの遥が戻ってくることを望んでいるということなのだろうか。だとしたら、それは遥にとって酷な話だ。
「……実際はみんな変わりなく可愛がってくれたんだけど、ばあちゃんは認知症になってから昔のことを思い出すみたいでね。そこがちょっと寂しいかな」
「そういうことだったんですね」
 当時、幼稚園や近所の住民には医者である母親が「病気で色が変わってしまった」と説明してそれを無理やり押し通したそうだ。

 食事を終えると八神さんは来客の予定が入ってるからと急いで店に帰って行き、遥がアルバムを部屋へ戻しに行く時に一緒に案内してくれた。
 きれいに整頓されていて、棚の中にはいくつか瓶に収められた結晶があった。
「あ、それは普通の蛍石。結晶はこっちね」
 そう言って、小さな冷蔵庫のような金庫を開けるとそこに過去に採った結晶のサンプルが保存されていた。
 机の上にはパソコンと、それ以外はギター、部屋の隅にテレビと、それに繋げられたゲーム機、壁には少し色が褪せた星図の描かれたポスターが貼られていて、その下に自転車のホイールが置いてあり、年相応の男の子の部屋といったところだ。
 気づいたら時刻は十二時五十分。そろそろ会社に戻る時刻だ。
「俊郎さん、今度は翔太君と遊びに来てよ」
 エレベーターでそう声をかけられた。
「そうですね。翔太がまた御苑で遥君と遊びたいと言ってるので、その時にでもお邪魔しますよ」
「へぇ! それは嬉しいな」
 ビルから出ると、ちょうどランチから戻ってきたデザイン部の皆と遭遇した。自由すぎる服装の一団はとても目立つ。宗像さんも一団にいて丸園さんと話しながら歩いていた。
「あれ、俊郎さんと遥君こんな所でどしたの?」
「あー、ここ俺んちなんだけどね」
「え、めっちゃ近いじゃん!」
「ふふっ、良いでしょう」
「何してたの?」
「俊郎さんとちょっとゲームやって遊んでた」
 こういう機転が利くところはさすがだ。
「えー、俊郎さんゲームやるんだ、意外!」
 ははは……
「家でゲームなんて、人事部は仲がいいなあ」
「デザイン部だってみんな仲いいじゃん」
「ねぇ、終電逃したら泊めてくれる?」
「ダメ! そんなに残業されると俊郎さんも俺も困っちゃうからちゃんと帰って!」
「まあそりゃそうだな!」
「遥君、すっかり人事部だねー!」
「また手伝いにきてよ~!」
 残業と言えば、最近デザイン部が遅くまで仕事をしていて、それが気がかりだった。うまく調整ができていないのだろうか。
 
「遥君、デザイン部の残業時間を暫定でいいので出してもらっていいですか」
「はーい」
 予算の都合で弊社はまだ紙のタイムカード。私はあの感触は好きなのだが、吉崎さんが休職した時は、電子化して給料計算が楽なようにしておけば良かったと後悔した。
 通用口横に設置してあるタイムカードを持って来てもらい、退勤時刻を確認すると私が帰った後も遅くまで稼働している……。
「結構遅くまで残ってるんだね」
「……そうですね。おそらく以前小野君が無理なスケジュールでとってきた仕事の件かもしれません」
 彼は本当に仕事してるのか? という不満が聞こえてきたしばらく後、闇雲に取ってきた案件かもしれない。それが今、デザイン部にしわ寄せが行ってるのだろう。
「小野さんか……」
 あぁ、そうだ金曜日から聞きそびれていたあの件。
「遥君、先日詠んでもらった小野君の文書についてですが」
 私の言葉に、見たことのない悔し気な表情を浮かべて俯いた。
「遥君……?」
「……小野さんは、やっぱりまだ吉崎さんへの執着がある。それも恋愛感情とかそういうものじゃない……」
 やはり、そうだったのか。
「……俺……どうしても……理解も、共感もできなくて……でも……」
「遥君……」
 私が遥と初めて会った頃、私の遺書や私へ向けられた殺意などの想いを詠んだ時は平静を装っていたのだろう。遥の優しさは、強みでもあり弱点でもあるのだ……。
「遥君、今まで私や会社のために幻想錬金術師としての力を貸してくれてありがとう。今の小野君の件でもう終わりです」
 いくら詠出を繰り返すことで才能が育っていくものだとしても、八神さんの言う通り、人の想いなど、ましてや何が含まれているかも分からないようなものを直接詠ませることだけは絶対にさせてはならないのだ。
「……これからは普通のアルバイトとして頼らせてもらいます。早速ですが、このタイムカードを戻しに行きながら外にお使いに行ってきてください。少し暑いかもしれませんが……気分転換を兼ねて」
 私の言葉に、ふぅと息を吐いて立ち上がった。
「……わかった。行ってきます」
 封筒に入れた現金と、買い物のメモを書いて手渡すと出かけて行った。

 小野君の本心を藤田君にも共有しなくてはならないが……一体どうやって伝えればいいやら……。
 ……そういえば、藤田君はどうして吉崎さんにあの文書を送らないほうが良いと言ったのだろう……。どこから何を感じ取ったのか。
 ファイルから小野君の謝罪文を取り出して開いてみた。かなりの長文で丁寧に書かれているのだが、ここに何が――
 ……あ。
「これは……」
 縦読みにすると、断片的に吉崎さんへ宛てた小野君の気持ちが読み取れた……。
 ……私は再び自分の無力さを味わった。
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