第57話 焦り
文字数 2,980文字
「このまえみつけたの! こっち! ひみつをおしえてあげる!」
……翔太も忘れているかと思っていたのに、見覚えのある場所まで来て思い出したのだろうか。
「こっちこっち!」
そう言いながら植物の説明が書かれた看板の裏側へと入って行った。
「こっち!」
さすがに私はこの奥へ踏み込むのを躊躇う深い藪だ……。一見、都会派に見える宗像君は翔太に続いて藪の奥へと入って行った。
無理やり連れだせば、逆に怪しまれてしまうかもしれない……。
もう何もないと分っていても、自分の心臓の音が聞こえてくる。
「あれぇ……」
「翔太君、ここにキラキラがあったの?」
「うん……」
「そのキラキラ、どこに行っちゃったんだろうね」
彼は、ここに幻星の昴を探しに来ていたのだろうか……?
「翔太、虫に刺されるからそろそろ戻っておいで」
「やだぁ」
「翔太、チクってされたら痛いよ」
渋い顔をして藪からでてきた翔太はまだ下をみてキョロキョロしている。
「翔太、夢人君はお散歩の途中だからね」
「いえ、いいんですよ。……ねぇ翔太君。キラキラってどんな感じだったの?」
宗像君が食い気味だ……。しゃがんで翔太を覗き込むように問いかけている。
「えっとね、じめんがひかってたの。パパとはるかくんにもみせてあげたかったのになぁ」
幻星の昴は既に遥が回収済だし、私も見たから大丈夫だ……。だからもう諦めてほしい。
真顔の宗像君と目が合い、早朝のまだ涼しい木陰なのに滝のように汗が流れていく。
……いや……これは冷汗……そして悪寒がする……。
「俊郎さんも遥君も見てないんですね」
「えっ、えぇ……まあ子供の言うことですし、何かの見間違いかとは思ってますが」
このまま誤魔化 し切れるだろうか……。
「みまちがいじゃないよぉ」
あぁ、翔太……頼むから今は黙って欲しい。
「はるかくんならきっとしんじるもん」
「僕もそのキラキラ見てみたかったなぁ」
宗像君はとても優しい顔で不貞腐れている翔太の頭を撫でた。
「では、僕はウォーキングに戻ります。さっきスズメバチを見たから気を付けてくださいね」
……急にあっさりと引いてくれた。
「えぇ、ありがとうございます……」
「ゆめとくん、バイバイ!」
「翔太君、ありがとう。またね」
宗像君は一度振り返り手を振ってから新宿門と反対の方向へと歩いて行った。
「はぁ……」
今までに感じたことのないような疲労が、汗まみれの私の体を襲う。
「パパどうしたの?」
「あぁ……なんでもないよ。さぁジュースでも飲もう」
ベンチに座り、翔太にジュースを飲ませている間に遥に連絡を……いや、通話はダメだ。メッセージで今起きたことを伝えた。
生きた心地がしない、というのはこの事だ……。
でも、想叶者であるなら幻星の昴は必要ないはずだが……。遥と同じように幻想世界にでも戻そうと考えてるのだろうか?
本業の仕事中であるにも関わらず、遥からは意外と早く連絡が来た。
『俊郎さん、なるべく早く行くからその場で待ってて』
「わかりました。でも、すぐ家まで伺いますが」
『ううん、翔太君が虫を見に来たんだし、俺が行くよ』
「そうですか……では、もう少し二人で遊んでいます」
と、遥に言ったものの、翔太は虫よりも地面の「キラキラ」を探し始めて、まだ近くに宗像君がいたらと思うと気が気ではなかった。
一時間くらい後に、遥が指定した見通しの良い東屋で合流した。
「はるかくん! おはよう!」
歩いて来る遥の姿をいち早く見つけると、深い芝生の中を走って行った。
「翔太君、俊郎さん、おはよう!」
「遥君、おはようございます。仕事の邪魔をしてしまって申し訳ありません。それに……すみません、翔太に口止めを――」
「大丈夫だから、そこは責めないで」
そうだ、翔太はまだ幼いし、状況すらわかっていない……。
「今のところ宗像さんは見えないし、ここなら近くを通ればすぐ分かるから」
遥が翔太を挟んで隣に座ると、翔太は椅子から降りて遥の腕を引っ張りだした。
「はるかくん、キラキラさがそう!」
「あのね翔太君、キラキラのことは他の人に話すと消えちゃうから内緒にしておこうね。良い子にしてるとまたいつか見えるよ」
遥が人差し指を口元に寄せると、翔太も同じポーズで囁いた。
「きえちゃうのヤだからないしょにする」
あぁ……上手い口止めの方法だ。
「俺もチビの頃は八神さんからこんな風に教わったんだ。不思議なものほど子供は話したがるからね」
あの厳つい大男の八神さんが……。イメージが全く湧かない。
「八神さんはこんなに優しい言い方じゃなかったけどね!」
宗像君については翔太もいるし、どこかで本人が聞いているかもしれないので、後で改めてメッセージでやり取りをすることにした。
青々とした芝生の上、木陰を見つけてレジャーシートを敷いて少し早めの昼食だ。
今日は一日休暇の祥子さんが「これだけは作らせて!」と早起きして腕によりをかけて作ってくれたお弁当は、遥に大好評だった。
「俊郎さん、これ毎日食べてるの? いいなあ!」
保冷剤のお陰で冷たいが、あったかいともっと美味しいのだ。
「先日はミートボールだけでしたし、今日はたくさん食べてください」
まだまだ食べ盛りだし、と目いっぱい食べてもらおうと祥子さんが頑張ってくれた。
「はるかくん、おべんと、おいしい?」
「うん、おいしい!」
翔太が自慢げにエヘヘと笑う。私も自慢げにムフフと笑ってしまった。
食事が終わり片付けていると、通りすがりの大きなカラスが芝生に舞い降りた。
何か言いたげにこちらに近寄ってきて、じっと我々を見つめている。……食べ物が欲しいのだろうか。
かなり近くまで来たため翔太が遥の後ろに回り込んで隠れてしまった。
「ずいぶん大きなカラスですね」
「カラス、こわい」
大人の私から見ても大きなカラスだし、四歳児の目には巨鳥に映ったのだろう。
「そうだ翔太君、この歌知ってる?」
そう言って、遥が歌い始めたのは、田舎のネズミが美味しいものを探しに、カラスの背に乗せてもらって旅に出るという歌。子供向けの優しい歌だった。
翔太は遥の歌をニコニコしながら聞いていた。
「カラス、やさしいの?」
「うん。何もしなければ大丈夫!」
「遥君、今の歌は?」
「俺が子供の頃、新宿の路上で女の人が歌ってたんだ。俺たちも何回かリクエストしたこともあるよ」
都会っ子は遊ぶのにそんな繁華街の方まで出歩いているのか……。
「ねぇ、いまのうた、ぼくもうたいたい!」
翔太が遥の腕を掴んで揺すっている。
「じゃあ、あとで教えてあげるね!」
「楽譜や音源とかはないのでしょうか」
「うーん……すごい歌が上手い人だったんだけど、残念ながら無いみたい」
今でもどこかで歌ってるだろうか……。
「……翔太君、この歌のカラスはね……このカラスの事だよ!」
いたずらっ子のような顔で遥が翔太に笑いかけると、翔太の目はキラキラと輝いた。
「ほんとう?」
傍らにやってきたカラスに翔太が話しかけると、カラスは首をかしげる。
「うん! あと今は隠れてるけどネズミもちゃんといるからね!」
「はるかくん、なんでもしってる!」
嬉しくなって「ネズミさんを探すんだ」と走り出した翔太とそれを追いかける遥の姿を、隣で佇むカラスと一緒に眺めていた。
夏空の下に二人の笑い声が響いている。平和な夏の日が戻ってきたようだ。
……翔太も忘れているかと思っていたのに、見覚えのある場所まで来て思い出したのだろうか。
「こっちこっち!」
そう言いながら植物の説明が書かれた看板の裏側へと入って行った。
「こっち!」
さすがに私はこの奥へ踏み込むのを躊躇う深い藪だ……。一見、都会派に見える宗像君は翔太に続いて藪の奥へと入って行った。
無理やり連れだせば、逆に怪しまれてしまうかもしれない……。
もう何もないと分っていても、自分の心臓の音が聞こえてくる。
「あれぇ……」
「翔太君、ここにキラキラがあったの?」
「うん……」
「そのキラキラ、どこに行っちゃったんだろうね」
彼は、ここに幻星の昴を探しに来ていたのだろうか……?
「翔太、虫に刺されるからそろそろ戻っておいで」
「やだぁ」
「翔太、チクってされたら痛いよ」
渋い顔をして藪からでてきた翔太はまだ下をみてキョロキョロしている。
「翔太、夢人君はお散歩の途中だからね」
「いえ、いいんですよ。……ねぇ翔太君。キラキラってどんな感じだったの?」
宗像君が食い気味だ……。しゃがんで翔太を覗き込むように問いかけている。
「えっとね、じめんがひかってたの。パパとはるかくんにもみせてあげたかったのになぁ」
幻星の昴は既に遥が回収済だし、私も見たから大丈夫だ……。だからもう諦めてほしい。
真顔の宗像君と目が合い、早朝のまだ涼しい木陰なのに滝のように汗が流れていく。
……いや……これは冷汗……そして悪寒がする……。
「俊郎さんも遥君も見てないんですね」
「えっ、えぇ……まあ子供の言うことですし、何かの見間違いかとは思ってますが」
このまま
「みまちがいじゃないよぉ」
あぁ、翔太……頼むから今は黙って欲しい。
「はるかくんならきっとしんじるもん」
「僕もそのキラキラ見てみたかったなぁ」
宗像君はとても優しい顔で不貞腐れている翔太の頭を撫でた。
「では、僕はウォーキングに戻ります。さっきスズメバチを見たから気を付けてくださいね」
……急にあっさりと引いてくれた。
「えぇ、ありがとうございます……」
「ゆめとくん、バイバイ!」
「翔太君、ありがとう。またね」
宗像君は一度振り返り手を振ってから新宿門と反対の方向へと歩いて行った。
「はぁ……」
今までに感じたことのないような疲労が、汗まみれの私の体を襲う。
「パパどうしたの?」
「あぁ……なんでもないよ。さぁジュースでも飲もう」
ベンチに座り、翔太にジュースを飲ませている間に遥に連絡を……いや、通話はダメだ。メッセージで今起きたことを伝えた。
生きた心地がしない、というのはこの事だ……。
でも、想叶者であるなら幻星の昴は必要ないはずだが……。遥と同じように幻想世界にでも戻そうと考えてるのだろうか?
本業の仕事中であるにも関わらず、遥からは意外と早く連絡が来た。
『俊郎さん、なるべく早く行くからその場で待ってて』
「わかりました。でも、すぐ家まで伺いますが」
『ううん、翔太君が虫を見に来たんだし、俺が行くよ』
「そうですか……では、もう少し二人で遊んでいます」
と、遥に言ったものの、翔太は虫よりも地面の「キラキラ」を探し始めて、まだ近くに宗像君がいたらと思うと気が気ではなかった。
一時間くらい後に、遥が指定した見通しの良い東屋で合流した。
「はるかくん! おはよう!」
歩いて来る遥の姿をいち早く見つけると、深い芝生の中を走って行った。
「翔太君、俊郎さん、おはよう!」
「遥君、おはようございます。仕事の邪魔をしてしまって申し訳ありません。それに……すみません、翔太に口止めを――」
「大丈夫だから、そこは責めないで」
そうだ、翔太はまだ幼いし、状況すらわかっていない……。
「今のところ宗像さんは見えないし、ここなら近くを通ればすぐ分かるから」
遥が翔太を挟んで隣に座ると、翔太は椅子から降りて遥の腕を引っ張りだした。
「はるかくん、キラキラさがそう!」
「あのね翔太君、キラキラのことは他の人に話すと消えちゃうから内緒にしておこうね。良い子にしてるとまたいつか見えるよ」
遥が人差し指を口元に寄せると、翔太も同じポーズで囁いた。
「きえちゃうのヤだからないしょにする」
あぁ……上手い口止めの方法だ。
「俺もチビの頃は八神さんからこんな風に教わったんだ。不思議なものほど子供は話したがるからね」
あの厳つい大男の八神さんが……。イメージが全く湧かない。
「八神さんはこんなに優しい言い方じゃなかったけどね!」
宗像君については翔太もいるし、どこかで本人が聞いているかもしれないので、後で改めてメッセージでやり取りをすることにした。
青々とした芝生の上、木陰を見つけてレジャーシートを敷いて少し早めの昼食だ。
今日は一日休暇の祥子さんが「これだけは作らせて!」と早起きして腕によりをかけて作ってくれたお弁当は、遥に大好評だった。
「俊郎さん、これ毎日食べてるの? いいなあ!」
保冷剤のお陰で冷たいが、あったかいともっと美味しいのだ。
「先日はミートボールだけでしたし、今日はたくさん食べてください」
まだまだ食べ盛りだし、と目いっぱい食べてもらおうと祥子さんが頑張ってくれた。
「はるかくん、おべんと、おいしい?」
「うん、おいしい!」
翔太が自慢げにエヘヘと笑う。私も自慢げにムフフと笑ってしまった。
食事が終わり片付けていると、通りすがりの大きなカラスが芝生に舞い降りた。
何か言いたげにこちらに近寄ってきて、じっと我々を見つめている。……食べ物が欲しいのだろうか。
かなり近くまで来たため翔太が遥の後ろに回り込んで隠れてしまった。
「ずいぶん大きなカラスですね」
「カラス、こわい」
大人の私から見ても大きなカラスだし、四歳児の目には巨鳥に映ったのだろう。
「そうだ翔太君、この歌知ってる?」
そう言って、遥が歌い始めたのは、田舎のネズミが美味しいものを探しに、カラスの背に乗せてもらって旅に出るという歌。子供向けの優しい歌だった。
翔太は遥の歌をニコニコしながら聞いていた。
「カラス、やさしいの?」
「うん。何もしなければ大丈夫!」
「遥君、今の歌は?」
「俺が子供の頃、新宿の路上で女の人が歌ってたんだ。俺たちも何回かリクエストしたこともあるよ」
都会っ子は遊ぶのにそんな繁華街の方まで出歩いているのか……。
「ねぇ、いまのうた、ぼくもうたいたい!」
翔太が遥の腕を掴んで揺すっている。
「じゃあ、あとで教えてあげるね!」
「楽譜や音源とかはないのでしょうか」
「うーん……すごい歌が上手い人だったんだけど、残念ながら無いみたい」
今でもどこかで歌ってるだろうか……。
「……翔太君、この歌のカラスはね……このカラスの事だよ!」
いたずらっ子のような顔で遥が翔太に笑いかけると、翔太の目はキラキラと輝いた。
「ほんとう?」
傍らにやってきたカラスに翔太が話しかけると、カラスは首をかしげる。
「うん! あと今は隠れてるけどネズミもちゃんといるからね!」
「はるかくん、なんでもしってる!」
嬉しくなって「ネズミさんを探すんだ」と走り出した翔太とそれを追いかける遥の姿を、隣で佇むカラスと一緒に眺めていた。
夏空の下に二人の笑い声が響いている。平和な夏の日が戻ってきたようだ。