第73話 EX編3 夢喰いのこと1

文字数 3,162文字

※本編65話「夢の跡地」を橘先生視点で書いています※

 電話で叩き起こされたのは、月曜日の早朝……時刻は定かではないが明るくなって来た頃だった。

『橘、今どこにいる?』
「……まだ布団の中……」
『このクソ暑いのに布団かよ!』
「……そんなこと言うために電話してきたんじゃないだろ……」

 第一声は深刻そのものだったが、どうしても八神は突っ込まずにはいられないようだった。

『今から出て来れるか? 場所は西新宿だ』
「……何の用件」

 どうせ行かなくてはならない用事だろうし、着替えながら話を続けた。

『想叶者が殺されかけた。ちょっと複雑な事情がありそうだからお前に頼みたいんだ。まずは話を聞いてくれるか』
「……わかった、すぐ行く」



 電車は動いているがまだ本数も多くない。急いでタクシーを呼んで乗り込むと、スマホの画面には八神からのかいつまんだ情報が飛んでくる。

『俺の知り合い二人が巻き込まれた』
『どっちも人間でそいつらは無事だが、想叶者の方が死にかけた』
『首に数本、特殊な合金が刺さっていた』
(すで)に抜いてもらって手当ては終わっている』
『お前が向かってる住所は、想叶者の自宅らしきところなんだが色々引っかかる』

 箇条書きの情報のみなのはいつものこと。

 それにしても、死にかけ……犯人はどうしたんだろうか……。通報はしてあるんだろうか?
 詳しくは行ってみてからか……。
 


 三十分ほどで目的地に到着。指定の場所は古びた木造アパートで、玄関先で八神が待っていた。

「悪ぃな!」
「……いや、大丈夫だけど……警察は?」
「今、目を覚ました想叶者と人間の被害者が話をしている。二人は同じ職場なんだ。逮捕される前に話しておきたいことがあるんだと」
「逮捕の前にって……」
「……想叶者の名前は宗像(むなかた)夢人(ゆめと)って言うんだが、その上司にあたる加賀美(かがみ)俊郎(としろう)って人間が、今回の被害者の一人だ」
「ちょっと待ってくれ、宗像さんはどういう立場……」
「加害者で被害者」

 あぁ……。もうこれだけで複雑そうな事件の匂い。

「巻き込まれた人間のもう一人は、厳重に秘匿する必要がある未成年だ。こいつも複雑な事情があるんだが、お前なら話しておいて大丈夫だろう」
「……めんどくさそうだな」
「人間であり想叶者なんだ」
「……そうか」

 恐らく、特別な能力を持っているタイプだ。

 ……って、ひょっとして後見人をやってるって言ってた件かな。

「前に話した近所のチビで、稲月(いなづき)(はるか)っていうんだ。今日はここには呼んでいない。いずれ会わせる」
「わかった」

 事件の概要は、宗像さんがとある錬金術師に「刑戮(けいりく)(くさび)」という違法の錬金術で捕えられ、先日降ってきた〝幻星の昴〟を交換条件として解放を求めた結果、一歩早く幻星の昴を確保していた稲月君に対し、加賀美さんの息子の翔太君を誘拐してそれを手渡すようにと脅迫した……ということだった。

「今の話だけで、その業界に関わらせないようにしていた理由は良く分かった」

 ……なんだよ刑戮って。物騒極まりないな。

 それに幻想の昴にしたってそうだ。ただの伝説や伝承じゃなかったのか。

 とある想叶者は、空を舞う龍が持っている宝玉がソレだと言い、また別の想叶者は凶兆をもたらす星の涙のことだと話していた……。

「……うちの業界にお前を巻き込みたくないんだがよ……遥が翔太君を返してもらうための交渉で色々聞き出したんだが、宗像氏の影にいる錬金術師……キリカって女がどうにもヤバそうなんだ」
「ヤバいって、どんな風に?」
「……過去に、大勢の人間と想叶者の犠牲者を出した錬金術師の事件と関係ありそうでな」

 確か、最初の犠牲者は人間の天体マニアの男性。新宿区の戸山(とやま)公園内で遺体で発見された事件だったかな。その後で想叶者と錬金術師が絡んでることが発覚して、続報はニュースでは取り上げられなくなってしまった。

「俊郎さんはそっちの錬金術の被害者でもあるんだ」
「もしかして、これって結構大きな事件?」
「……おそらく想叶者も錬金術師も震撼するんじゃないかと思ってる。で……誘拐と脅迫については罪を認めているんだが、それでお前に弁護を頼みたい」

 本当にこの熊はお人好しだな。

 想叶者絡みの弁護はだいたい八神の紹介だ。彼は個人的に想叶者を支援する取り組みをしていて、弁護料もそこから負担してくれる。

「山野先生は自称狸爺(たぬきじじい)だが本来は普通の人間だし、想叶者に理解があると言っても今回ばかりは関わって欲しくない。だからお前に頼めるならそれが一番助かるんだ」

 山野先生とは人間の弁護士で、俺の恩師でもあり、八神を〝飲み友達〟として紹介してくれた本人だ。



 八神によると、稲月君は宗像さんが罪を犯したことで職場を解雇されるのではということを心配しているそうだ。刑が軽くなるように努力はするが……それにしても被害者側がどうして加害者に対してここまで肩入れするのだろう。

「……宗像氏の他にも被害に遭ってる想叶者がいるようなんだ。手術後、目が覚めた時に『背後にいる錬金術師の捜査に協力したい』って言ってきたんだが、これって上手いこと使えるか?」

 司法取引か……。

「……今ははっきりと言えないが……まずは話を聞いてからだなぁ」
「そうか……」
「で、宗像さんの容体は大丈夫なのか」
「処置はまあまあ早かったし、今はもう回復しつつある。療養は必要だが二~三日もすりゃ歩けるくらいにはなるんじゃないか」

 八神が卸している想叶者用のヤバい薬か……。

「それにしても俊郎さん、ずいぶん長いこと話してるな……宗像氏もそろそろ寝かせてやらないとしんどい頃だろう」

 そう言いながら部屋へと入って行った。

〝俊郎さん〟と、名前で呼ぶなんて割と親しそうだ。



 それからすぐに一人の男性を連れて出てきた。三十歳ぐらいだろうか。

 こんな真夏の早朝にきっちりとしたスーツ姿。……一方の俺は寝起きで急いで出てきたからラフな格好……。慌てて手櫛で髪を整えた。

「弁護士の(たちばな)です。八神からざっくりとですがお話を聞きました」
「……加賀美と申します」
「宗像さんの件、この私が引き受けますので、何卒(なにとぞ)……」
「あ……いえ、あの……訴えるとかそういうことは考えていませんので……」

 人の好さそうな風貌に反することのない言葉。

「宗像さんは、キリカという人物の捜査に協力してもらうことになると思います。……今回の件については八神からも情報提供がありまして」
「そう……ですか。わかりました」

 挨拶もそこそこに、俺たちは宗像さんが寝ているというアパートの一室に入った。

 薄暗い部屋に敷かれた布団に横たわっていたのは一見、普通の人間の青年だった。が、首に巻かれた包帯の数か所から鮮血が滲み、今は身動きも取れない状況のようだ。

 顔の擦り傷も痛々しい。一体何があってこんなことに……。

「俊郎さんと長いこと話していたから疲れたんだろう。……さっき追加で飲ませた薬が徐々に効いてくる」
「じゃあ、このままここで待たせてもらおうか」

 部屋の内装は……女性が暮らしているような印象を受けた。

 柱や天井は古びた木材だが、クリーム色の壁紙に淡いピンクのカーテン、白い洋服ダンスに白い卓袱台(ちゃぶだい)……いや今時はローテーブルと言うのか。

 壁に向かうように置かれた白い机があって、その上に黒いノートパソコンと揃いのマウスに黒いペン。……ここだけ男性的で部屋の雰囲気には合っていない。

 机の前の壁には三か月分の縦に長いシンプルなカレンダーがあり、面接の予定と出社の予定が赤字で書き込まれ、数日前の日付に黄色い丸いシール。そのシールはひと月ごとに貼られていた。

 他には「締め切り」の文字が書かれている日がちらほら……。

 机の横の本棚には、デザインに関する書籍が並んでいる。そしてその上には写真立て。赤茶色の髪の女性と黒髪の男性が幸せそうに微笑んでいる。
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