第44話 キラキラ

文字数 2,411文字

「そういえば、俊郎さんはなんで皆から下の名前で呼ばれてるの?」
「もともと藤田君からそう呼ばれていたのもあるんですが、企画部に相模(さがみ)さんという方がいるんです。誰かが加賀美さんって呼ぶと相模さんが返事したり、その逆もあったので『紛らわしいから全員が加賀美ではなく俊郎と呼ぶのがいいのでは』と藤田君が全体会議の議題にまで上げて満場一致で決まりました」
「へー、会議で?」
 遥がフフっと笑う。
「真面目なことを真面目にやるのは当たり前ですが、割とどうでも良さそうなことも真面目にやってしまうのがこの会社の面白いところですよ」
「でも、その方が仕事も楽しいよね、きっと」
 そう、仕事は楽しいに越したことはない。だから遥の本業の方も楽しいものであって欲しいと思う。
「あ、俊郎さん、土曜日はありがとう。翔太君すごい良い子だね」
「こちらこそお礼が遅れました。色々面倒見てもらってありがとうございました」
「面倒だなんて全然。俺も楽しかったし!」
「翔太はとても大喜びで、家ではずーっと虫とキラキラの話ばかりしてます。……翔太に詠むところを見せてしまって良かったんですか?」
「キラキラ……? 結晶はあの日の朝に採ったもので、御苑では詠んでないけど……」
「そうなんですか……。翔太が地面がキラキラしてたと言うので、てっきり藪の中で何かの想いでも詠んだのかと思ってました」
 遥が記憶の中の何かを探そうとするかのように黙り込んだ。
「地面がキラキラ……。って、……もしかして!」
 慌てて席を立ち、リュックを背負う。
「遥君?」
「ごめん、本業! ちょっと御苑に行ってきます! 昼前には戻れると思うから!」
「え、えぇ……わかりました。行ってらっしゃい」

 遥が帰ってきたら……あまり気が乗らない事案でもあるが、先日詠んだ小野君の本心を教えてもらい、ここでの幻想錬金術師としての仕事はその報告で最後にしよう。
 出かけてから十五分ほどして遥からメッセージが来た。
『このまま八神さんの所に行ってから戻るね』
「わかりました。気を付けて」
 すぐに遥から了解を伝えるスタンプが届いた。
 ……さっきの慌て様もひっかかるし、その足で八神さんのところに行くのなら何かがあったのだろう。
 しばらくして遥が戻ってきたので何があったのかを尋ねると、人差し指を立てた。
「ここじゃ話せないから後で家でご飯食べながら話す」
 ?……
「分かりました」

 昼休みになり、弁当を持って遥の家へと行くと、ビルの前に八神さんがいた。
「八神さん、先日はどうもありがとうございました」
「いやいやとんでもない。こちらこそ」
「じゃ、二人とも上まで」
 八神さんまで来るということは、何か重大なことでも起きたのだろうか。
 何度か乗った広めのエレベーターだが、八神さんが同乗するととても窮屈に感じる。
 エレベーターを降りて左手の玄関のドアを開けると中が見えたが、家族の気配は今日もなさそうだ。
「あがって!」
 出されたスリッパに履き替えて奥へ行くと、整頓されたきれいな住まいが広がっていた。
「遥はほとんど一人暮らしみたいなもんだけど、綺麗にしてあるな」
「ちゃんとしておかないと、母さんがたまに帰ってきた時に怒るしさぁ」
 それぞれ食卓につくと、八神さんがアタッシュケースを開いた。
「あ、時間も限られてますし、食べながら聞いててください」
 取り出されたのは、以前遥が持っていた幻想波を遮断する箱だった。
 また新たな縁切りの招き猫でも見つかったのだろうか……。
「先日、火球が流れたの覚えてる?」
「えぇ。遥君からメッセージが来ましたし、ニュースでも取り上げられ……ってまさか?」
 八神さんが箱の蓋を開くと中身は空っぽ……。
「箱の在庫を切らしてて、さっき慌てて仕入れてきたんだ」
「本命はこっち……」
 遥がリュックを開けるとふわりと白い光の粉が溢れ出す。中に手を入れて取り出したのは淡い光を放つ乳白色のオパールのような石。
「これが幻星の昴だ。……翔太君に何か変わったことはありませんよね?」
「いえ……特に変わったことはないですが……なぜこれと翔太が?」
「地面がキラキラしてたって聞いて、気になってあの場所に行ってきた。そしたら翔太君がタマムシの死骸を置きに行った場所の近くにこれが埋まっていて、土の表面がキラキラと輝いてたんだ」
「こいつは、遥が手にした物よりもかなり大きいものらしい」
「でも、特に変わりがないということなら、触ってないってことだから大丈夫だね」
「そうだな」
 しかし、幻想波を遮断する箱に入れるということは、近くにいても何らかの影響があるものなのだろうか……
「俊郎さん、これは保管のためにこの箱に入れるんであって、触らなければ影響はないから大丈夫だ」
「そうですか……」
「でも、すでに可視化されてる幻想波だと、この程度の箱じゃ完全には遮断できないかもね。ちなみに俺が拾ったのはクヌギのドングリよりちょっと小さいくらいだったから……このぐらい」
 遥が大体の大きさをノートに描くと、それは直径1センチほどの円。遥が持っている幻星の昴は直径四センチはあるだろうか。
「遥が七夕で打ち上げた願い事が多すぎたのかもなあ。ほんとに無茶しやがって」
 それは弊社の短冊の量が多かったからだろうか……。
「これだけ大きいと少し触っただけでも効果があるだろうし、消えずに溶け残ると思う。もし大勢の人や動物が触れたら……」
 特大クラスのものだと、逆に危険なものになってしまうのだろうか。
「ミミズたちには気の毒だが、でかすぎて土に埋まっちまったのが幸いだったな。遥、これは次に幻想世界へ行く時に持って行ってくれ」
「やっぱりそれがベストだよね。その時はもう一度打ち上げてくる。それまではうちで預かっておくよ」
「頼む。店は客が出入りするから怖くてかなわん」
 幻星の昴は、扱いには細心の注意が必要そうだ……。
「――って、遥君はそれを持っていて大丈夫なんですか?」
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