第60話 疑問

文字数 2,253文字

 翔太……
 それに遥まで……
 ……金銭を要求されるほうがまだマシだ。
 祥子さんに……なんて説明すれば…………途方に暮れ、新宿門前でへたりこんだ。
「どうすればいいんだ……」

 薄闇に包まれる頃、スマホが震えて画面には遥からのメッセージが表示されていた。
『俊郎さん、もう家ついた?』
『宗像さんの件だけど、今から時間大丈夫そうなら返事ください』
『祥子さんにお弁当のお礼も伝えてね!』
 立て続けに三件届いた。良かった……遥は無事だ。
 どこで宗像君が見ているかも分からないが……ひとまず遥に電話だ。
『あれ? 俊郎さん、通話大丈夫なの?』
「遥君……、翔太が……誘拐されました」
『え?』
「幻星の昴と交換だと……宗像君が……」
 ……あんなに危険なものをどうする気だ。
 ……それも翔太だけでなく遥にまで危害を加えようとしている。
『俊郎さん、今どこ?』
「……新宿門にいます」
 私が宗像君の話を遮って電話を切ってしまったから? それで憤慨しているんだとしたら? 私の対応が間違っていた……。そもそも私が目を離してしまった。全て私のせいだ。
『俊郎さん、今から八神さんのところに行こう』
「ダメです……。彼は、遥君以外に話したら翔太を返さないと……。それに遥君にも何かする気です」
『え? 俺に?』
 本当にどうしたら……
『……俊郎さん、すぐ家に来て。一緒にどうするか考えよう』

 通い慣れた道はすっかり闇に包まれて、足は重い。遥の家に着くまでにどれくらい時間がかかっただろうか。
 無言で家に通してくれて、ダイニングの椅子に腰かける。
「俊郎さん……宗像さんは他になんて言ってた? 何か手がかりになること――」
 そこまで言いかけて、遥は言葉を飲み込んだ。
 酷い表情(かお)になっていたのは自覚していた。……とても話せる状態じゃなかったのだ。
 遥は席を外すと、温かいおしぼりを持ってきてくれた。
「まずは、顔を拭いて」
 とても優しい声だった。
「……ありがとう」
「俊郎さん、とりあえず電話だけ掛けよう」
「どこへ……?」
「祥子さんに今日はうちに泊まるって言っておこうよ。俺が話すから」
「あ……あぁ、そうですね」
 ダメだな。まともに頭が働いていない。
 祥子さんの番号へかけると明るい声が聞こえた。
『もしもし? 随分遅いけど、今どこ?』
「あ、実はまだ遥君の家なんです……。翔太が寝てしまって」
 遥が頷いてスマホを受け取った。
「こんばんは初めまして。稲月です。俊郎さんにいつもお世話になってます! お弁当とても美味しかったです。ご馳走様でした!」
『あぁ遥君、初めまして! こちらこそ、いつも俊郎さんを助けてくれてありがとう』
 祥子さんの声は朗らかなままで、不審に思われてることはなさそうだ。
 遥は翔太が遊び疲れて熟睡してしまったこと、明日も虫探しをしたり案内をしたい場所があるから泊ってもらいたいことを伝えてくれた。
 ……本当に私は何をやってるんだ。自分のせいでこんなことになったのに遥に尻拭いをしてもらうなど……。情けない。
 もう一度私が電話に出て、改めて今日は帰れなくて申し訳ないことを伝えた。
「祥子さん、明日にはちゃんと翔太を連れて帰ります」
『やーね、当たり前でしょ! 翔太が遥君にあまり迷惑かけないように見ててね』
 ……今、まさに親子で迷惑をかけてる真っただ中だ。この後のことも、どうなるか分からない。
「祥子さん」
『なぁに?』
「……愛してますよ」
『えっ! やだっ、そこに遥君いるんでしょう?』
 宗像君との交渉の場で何が起きるか分からない。伝えることはちゃんと伝えておきたかった。
「明日帰ったら、笑顔で出迎えてください」
『はい……かしこまりました!』

 電話を切って振り向くと遥が少し困った顔をしている。
「ほんと、俊郎さんサラッとすごいこと言うよね」
「すごく無いですよ」
 というか、なんで遥が恥ずかしがるのだ。
「棒読みじゃない本音の言葉だもの。ドラマ以上のことを見せられた俺の気持ちにもなってよ!」
 やっと、少し笑う気になれた。
「遥君、ありがとう。ひとまず祥子さんは大丈夫そうです」
「俊郎さんも大丈夫?」
 私が頑張らなくては……宗像君との交渉を成立させて、翔太を返してもらって元気に一緒に家に帰る。
「もう大丈夫です。翔太を返してもらうために力を貸してください」
「もちろん!」

「やっぱり宗像さんは幻星の昴を探していたんだね」
「えぇ……。それに彼はずっと翔太を交渉材料にするために私たちをマークしてたってことに驚いています」
 早朝、御苑で出会ってからずっと……。
「ずっと様子を見ていて、本当に一瞬の隙をついて翔太君を連れて行っちゃったんだね」
「翔太がいる場所が見えるレジになるよう、他のお客さんに順番を調整してもらってました。お釣りをもらって商品を受け取るだけのわずかな時間で……」
 宗像君に物影にでも呼ばれ、知らない人ではないからと安心してついて行ってしまったのだろう。
「でもさ、翔太君からキラキラがあったって聞いて幻星の昴を連想するまではわかるんだけど、どうして宗像さんは俺たちが持ってるって知ってたんだろう」
「そうなんです……。私たちは今日は外では『幻星の昴』という言葉は口にしていなかったはずですし……」
「それも宗像さんの謎な部分か……あの人は一体どんな想叶者なんだろ」
 何か、悟られるようなやり取りがあっただろうか………。
「俊郎さん、まさか宗像さんにまで駄々洩れってことは」
「いいえ、そんなこと……」
 え……もしかして……? いや、でも……。
「俊郎さん?」
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