第59話 想いの断裂

文字数 1,959文字

 支払いを終えて振り返ると翔太がいない。
「翔太?」
 つい数十秒前まで居た場所に翔太がいない。
「翔太? 翔太、どこだ?」
 隣の棚へと回り込んでもいない。
「翔太?! 翔太!」
 どこへ……どこだ? フロア中を探し回っても姿が無い。
「翔太! 翔太!!」
「お客様、どうされました?」
「息子が、翔太の姿が見えないんです。このくらいの背丈で! 会計をしていたほんの一瞬目を離した間に」
「分かりました、では館内放送いたしますので」
「お願いします! 翔太を――」
 不意にポケットのスマホが震えた。知らない番号からだ……。正直構ってる余裕はない。応答せずに切り、店員さんに翔太の特徴を伝えようとすると、もう一度同じ番号からの電話だ。
「もしかしたら、お子さんの迷子札を見た方かもしれませんよ?」
「あぁ……そうですね。出てみます!」
 そうだ、翔太のリュックには私の連絡先の番号が書かれた迷子札を付けてあった。
「もしもし?!」
 ふー、という相手のため息が聞こえた。
「もしもし? どなたですか?」
『俊郎さん、僕です……宗像です』
 宗像君……?
「あの、宗像君……ひょっとして翔太が一緒なんですか?」
『えぇ。今一緒にいますよ』
 良かった……。知ってる相手なら話は早い。店員に翔太が見つかった事を告げてエスカレーター脇の空いてる場所へと移動した。
「すぐ迎えに行きます。今どちらにいるんですか?」
 さっきこのフロアは見回したがいなかったし、別のフロアだろうか。
『そしたら、一度お店から出てもらって新宿門へ来てください』
「新宿門?」
『えぇ、新宿門のところにいますので』
 あのわずかな間に、そんなところまで移動するわけがないし……でも
「わかりました。今から行きますので待っていてください」
 とにかく翔太だ。目を離してすまなかったと謝って早く帰ろう。
 一旦電話を切ってエスカレーターを駆け下り、他の買い物客をかき分けて急いで外に出て、来た道を戻る形で走っていると、もう一度スマホが震えた。
「もしもし?」
『俊郎さん、なんで電話切っちゃうんですか』
「急いで向かってますので」
『じゃあ、このまま少しお話しましょう』
 話? 一体何の?
「もうすぐ着きますので、そこでお願いします」
 走りながら電話を切り、信号を渡るとすでに閉じた門が見える。
「翔太ー!」
 どこだ……?
 もう辺りは人影もなく静まり返っているが……翔太の姿はおろか宗像君も見えない。
「翔太ーー!」
 まさか門の内側にいるのだろうか?
「翔太ーーー!!」
 鉄格子の向こうに向けて呼びかけても返事はない……。
 宗像君は一体どこにいるんだ……。本当に翔太と一緒なのか?
 着信の番号にかけ直すと、すぐに宗像君の声が聞こえた。
『話しましょうって言ったのに、切らないでください』
「宗像君、翔太は? 今どこにいるんですか?」
 話をしながらあたりを歩き回っても、全く姿が見えない。近所のビルの屋上からだろうか?
『俊郎さん、僕から提案なんですけど……聞いてくれますか?』
「提案……?」
『はい。……今朝、翔太君が言ってたキラキラについてなんですが』
 やはり、彼は何かに気づいてる。シラを切るのが良さそうだが……
「それが何なのか私はわかりません」
 翔太と宗像君はどこにいるんだ……
『はい、不正解ですね。残念だな……俊郎さんが嘘つくなんて』
「残念……?」
 嘘だとバレている。……己の癖をこの時ほど恨んだことはない。
『だって、翔太君のこと大切なんでしょう? それなのに嘘つくなんて』
「宗像君、君は何を言って……」
 ……やはり宗像君は幻星の昴の事を知っている……。
『さっきも言った通り、提案です。僕はそのキラキラが欲しいんです』
 ……何のために? 何をする気だ……。
「それより、早く翔太を返してください」
『俊郎さん、もっと分かりやすく言いますね。幻星の昴を持ってきてくれたら翔太君はちゃんとお返しします』
「な……」
 あの大人しそうな宗像君がこんなこと……。それに今、確かに幻星の昴と言った……
「……宗像君は、あれが何だか知ってるんですか」
『えぇ……。それに僕にあれを渡してくれたら、俊郎さんのアシスタントのあの子の無事も補償してあげますから』
 遥も……?
「は、遥君もそこにいるんですか?」
 すぐに八神さんのところへ向かおう。
『いえ、稲月君はここにはいません。幻星の昴は稲月君が持ってるんでしょう? これから俊郎さんが彼を説得してください。あと警察はもちろんですが彼以外に漏らしたら、その時は翔太君は絶対に返しません』
 …………誘拐と脅迫だ。
「……どうすれば……いいですか」
『0時にまた電話します。その時には幻星の昴を手元に用意しておいてください。ちゃんと翔太君を連れて行きます。もう一度言いますが他言したら翔太君は――』
「分かりました……」
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