第12話 真相は

文字数 3,176文字

「俊郎さん、出てきてください」
 え、今出ていくの? 怖いんだけど。
「俊郎さん!」
 こんな時、一体どんな顔をしていればいいのか。
 意を決して、二人の元へと向かった。

「……北原さん、遥君の推論は大体あってるのではないでしょうか」
「と、俊郎さん、あの……」
 今にもごめんなさいと謝罪の言葉が出てきそうな口調とは裏腹に、北原さんの顔はまるで鬼の形相だった。
「俊郎さんはね、三日ほど前にコイツのせいでここから飛び降りようとしたんだ。俺にはどうしても見過ごせない。だからこれを誰からもらったか教えて」
 遥が招き猫の足の方を捻じると中から小さな不気味な人形が出てきた。右手で招き猫を、左手で今取り出した人形の足をつまんで北原さんに見せる。
「ひっ」
 北原さんは小さな悲鳴をあげ、口元を押さえた。
「これがこの招き猫の正体だよ」
「……長い黒髪の女性だった。でも本当に、たまたま通りすがりに声かけられただけ」
 北原さんは両手を握り締めてその人形から目を逸らした。
「えっと遥君、まずなぜ北原さんだと?」
「レシートの件は、小野さんのお土産についていたメモを詠んだ時点で判明はしていたんです。実は」
 あれって企画部や営業部を全員調べる前だったような……
「あのメモで俺への好意に気づいたけど、俊郎さんへの強い殺意もありました」
「えっ?」
 遥が頷く。
「あの時は俊郎さんを怖がらせないために嘘を言いました」
 確かにあの時の遥は歯切れの悪い反応だった。
「コイツは人を死の衝動に招く。わずかな範囲にしか影響しないみたいだけどね。俊郎さんと北原さんって、パーテーションを隔てた背中合わせの席にいるでしょう。直線距離なら吉崎さんの席よりもずっと近い位置だよ」
 人事部は独立した部屋になっているから、歩いて営業部に行くならドアを出てぐるりと回りこまなければならないが……。
 あれ? でも何か引っかかる。
「田畑さんのマウスが人事部に落ちていたのは、パーテーション越しに北原さんの殺気を感じて怖がって投げつけたからだよ。きっと普段から霊感が強いって言われるタイプなんじゃないかな」
 そうだ、田畑さんは「ホラーが苦手」ということで有名で、SNSのプロフィールにも書いてある。昨日、田畑さんからマウスの件を詳しく聞き出せなかったが、オカルトめいたことを話すのを躊躇っただけなのだろう。
「もし吉崎さんが今も同じ人事部で仕事してたらって思うと、ゾっとするよね」
 北原さんはその場に泣き崩れた。
「私も、おかしいとは思ってたよ。毎日毎日イライラして。菜々ちゃんが居なくなって寂しかったし、彼女が居なくなったのは、しつこい小野さんをちゃんと罰してくれなかった俊郎さんのせいだって思うようになって……」
 私は会議や打ち合わせで席を外すことも多い。社内SNSでスケジュールは簡単に把握できるだろうから、その隙に小野君が、ということか。  
 それより小野君は吉崎さんにどんなことをしていたんだ……。
「北原さん、小野君の行動に気づけなかった私が悪かったです。だから泣かないでください。それから北原さんの同僚思いなのはとてもいい所ですよ。だから、自分を責めないでください」
 下を向いているため北原さんの表情は見えないが、嗚咽をあげて泣いていた。
 ……が。
「……んで、……なんでもっと早く気づいてくれなかったのよ! 元はと言えば、菜々ちゃんがすごい困っているのに気づかなかったからこんなことになったんでしょう! 彼女と赤ちゃんに何かあったらどうしてくれるつもりだったのよ!」
 そうだ、吉崎さんは体調を崩しがちになっていた。それで大事をとって予定より早く産前休暇に入ったんだ。
 体調……!
「遥君! ……吉崎さんが、いや吉崎さんとその一番近くにいた人物が、私よりも危ない目に遭っていました」
「え……? 菜々ちゃんと……誰?」
 遥が頷いた、ということは既に把握済みか。
「小野君が人事部に来なくなったと気づいたのは今年になってすぐの頃。吉崎さんが休職するまでの間は、あの人形は彼女の机にあった。それなら私が彼女に嫌悪感を抱いたはずです。でもそんなことはなかった」
 考えたくないが、こういう事だ。
「一番近くにいた存在は……吉崎さんのお腹の中のお子さんです」
 自分で言った言葉で、腹の中をゾワリとしたものが走った時、北原さんが叫びながら立ち上がった。
「いやぁー! 菜々ちゃん……菜々ちゃん!」
「北原さん、落ち着いてください。吉崎さんは一度は入院しましたが、その後は順調です。吉崎さんとは連絡を取り合ってるんでしょう?」
「私が! 私があんなもの渡したから!!」
 今度は自分のしたことを悔いてるのか、頭を掻きむしりながら走り出す。その先には……まさか……!
 数日前、遥と出会った時と同様に、北原さんに飛びついた。
「いや! 離して!!」
「北原さん、落ち着いて。これではあの招き猫の思うツボです!」
 遥の時と違って、華奢な北原さんなら振りほどかれないだろう……などと思っていたのに異常なほどの力だ。これは……
「遥君!」
 遥が頷いて進み出る。
「北原さん、ごめんね、少し我慢して!」
 そう言いながら遥が北原さんを見つめると、北原さんからは真っ赤な炎のような煙が巻き上がった。
「いやぁーー!!」
 北原さんの悲鳴が響く。
 遥はその煙をまとめ上げると、ピンポン玉くらいの大きさの結晶になり遥の手の中に収まった。
「うぅ……」
 私は、脱力した北原さんを抱き止め、そっと座らせる。
「北原さん、遥君も……大丈夫ですか?!」
「大丈夫。今彼女が纏っていたものをこうして引き取ったのでもう元通りだよ」
 息を切らせながらそう言う遥の顔は土気色をしていた。
 北原さんの意識は朦朧としながらも保たれているようだ。
「なんなの……今のは……」
「暴走してしまった、北原さんの優しい想いだよ」
 そう言ったのは、遥の優しさからだろう。
 それにしても、お菓子のオマケみたいな小さな人形で、ここまで人を恐ろしい目に遭わせることができるのだろうか。
 ……でも、これが起きてしまった事実だ。

「さて」
 遥はTシャツの肩口で汗をぬぐって私たちに背をむけると、あの不気味な人形をコンクリートの床に放り投げた。
「二人ともそのまま下がっててね」
 おそらく、遥はこれからあの人形を詠むのだろう……。でも、すでに顔色が悪いし汗だくになっている。大丈夫だろうか。
 遥が深呼吸をして左手をかざす。
『キィィィィィィ……キィィィィィィ……』
 耳鳴りのような音と共に現れたのは霧やモヤなどというものではなく、明らかに人間の女性の姿をした何かだった。
「ひっ」
 北原さんの顔が恐怖に歪む。
「あ、あの人! あの人よ!」
 北原さんに人形を渡した人物だろうか。長い髪が多方に漂い、その真ん中に青白い顔。昔ながらの幽霊の描写のように足はない……。
 振り払うように遥の左手が空を切ると、人間の姿をしたものは渦を巻いてビー玉くらいの透明な結晶となって地面に落ちた。
「ふぅ……」
 ため息をついて遥が落ちるように倒れこんだ。
「遥君!大丈夫ですか!」
「ん、なんとか……」
 そう言いながら寝返りを打ち、仰向けに大の字に寝転がった。疲れ切った顔で何を言うんだ。
「一応、これで全部終わったかな……」
 息を切らせているが、安堵の表情だ。
「俺は大丈夫だから、俊郎さんは先に会社に戻って後処理したほうが良いと思うよ」
「しかし」
「大丈夫だって。少し疲れただけだから。……それより、ほら」
 そう言ってどうにか身を起こしてあごで指した方を見れば、ボロボロに泣きじゃくる北原さんがいた。
 パニックを起こしているのだろう。今は遥の言う通り先に戻ることにした。
 北原さんが思い詰めてまた何か行動を起こす前に。
「遥君、先に戻ります。何かあったらすぐに呼んでください」
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