第47話 月想の夜

文字数 2,946文字

 満月が昇ってくる頃は各部署長のミーティングが入っていて、そこで最後の議題の話を振られたのだが――
「宗像君の歓迎会はこれからですが……?」
「え? 何言ってるの」
「……?」
「俊郎、遥君のこと忘れてないか? アルバイトも対象だろう」
 そうだ、そういえば……。
「……うっかり忘れていました」
 まさか、遥の歓迎会を忘れるなど……。
 言い訳をするなら本当にこの一か月は色んなことが起こりすぎていた。それに当初は潜入調査という「依頼」だったから……。
「もうしょうがないなー、俊郎さーん」
 横から鎌田君が遥のモノマネをしながら肘で脇をつついてくる。似ているからなんだか気持ちが悪い。
「では来月早い内に、がいいでしょうね」
「じゃあ私から提案、良いかな」
 田畑さんが名案ですよとばかりに力強い挙手。
「来月にガンちゃんと夢人君の歓送迎会を考えてたんだけど、先に遥と夢人君の歓迎会を開くってどう? ガンちゃんは八月末か九月の頭でも大丈夫って言ってたから」
「あぁ、それはいい案ですね」
 岩本さんは八月末に退職して、お付き合いしている男性の転勤に伴い引っ越し先で結婚生活を送る予定だ。九月下旬に挙式を控えていて、まだ東京にいるというのなら田畑さんの案で行こう。
「夢人君も宴会でみんなと話す機会があれば、早く馴染むと思うし」
「じゃあ、そうだなぁ……」
 壁のカレンダーをみんなで見る。
「来週、二十九日の金曜日で良いんじゃないか?」
「そうですね。では、後で開催の案内メールを流します」

 会議室から出ると、目の前のデザイン部はまだ全員が仕事をしていた。
 彼らの残業はやはり小野君のしわ寄せで、先ほども鎌田君が田畑さんに詫びてはいたが、デザイン部は即戦力の宗像君が入ったことにより岩本さんが退職するまでは九人態勢。丸園さんも夏休みでフル出勤していて、そろそろ修羅場の終わりが見えているらしい。
 しかも宗像君は緊張がほぐれてきたらそれなりに話しやすく、仕事もしやすいという。田畑さんも採用して良かったと話していた。
 あの時、縁が繋がって本当に良かった。
 営業部では……小野君がパソコンで何かの作業をしている。……吉崎さんへの執着か……。変な行動を起こさなければ良いのだが。
 人事部に戻り時計を確認すると二十時を少し過ぎた頃。報告書を書いてパソコンの電源を落とし、遥に今から向かうと連絡を入れた。

 このビルの屋上は、新月の夜以来だ。
 東京はこの日、事実上の梅雨明けとなり、朝からよく晴れていてとても暑かった。日中、遥は青い入道雲が出たと言って午後に一度ここに来ていたが、どんな結晶が取れたのだろうか。
「俊郎さん、お疲れ様ー!」
「お疲れ様です」
「こっちこっち! ほら、月と夜景」
 呼ばれて行くと、まだ東寄りの低い位置の月とその下の夜景が妙にマッチしていて、絵本の表紙のように見えた。
「構図的に最高ですね」
 遥は胸の高さほどの柵から身を乗り出している。
「遥君、あんまり乗り出すと危ないですよ」
 一か月前のあの晩もこんな風に人々の想いを眺めていたのだろうか。
「大丈夫だって、このくらい―― あ……だから俊郎さんが誤解したのか」
 そう言って、ストンと着地した。
 柵に頬杖をついていると、心地よい夜風が吹いて来た。
「先月の月虹も綺麗でしたが、こうしてはっきりとピカピカしている月も良いですね」
「……月をピカピカって表現する人、初めてかも」
 笑っているが、落ち着いて見る満月は、私にはとても眩しかったのだ。
「俊郎さん、昨日俺に買い物頼んだじゃん」
「えぇ。たまには洋菓子も良いでしょう」
「うん、マカロンもショートケーキも美味しかった」
「いつも八神さんからの差し入れだけではないそうですね。……そのお礼です」
「あっ、あのオッサンそんなことまで喋っちゃってたんだ」
 わざわざ学校帰りに、人の多い道へ自転車で出て買い物をしてくる遥の気遣いが嬉しかったのだ。
「それで……その、ごめんなさい。……メモ詠んじゃった」
「想定内です。……いい機会だったので、ありったけの想いを込めておきました」
「……俺の事心配してくれてるの、すごく嬉しかった……ありがとう」
 遥が倒れた日、八神さんからも念押しをされている。でも、それだけではない。遥を失いたくはないのだ。
 それに遥の肉親も彼に万が一のことがあったら……。私や祥子さんだって翔太に何かあったら正気ではいられないだろう。
「……遥君は、遥君の得意なことでその才能を伸ばしていけば良いと思ってます」
 特に体に負担がかかるのであればなおさらだ。
「うん……」
「そういえば、遥君は最初に社内での調査をする時に、人の想いを手に入れられる良い機会だと話してましたね」
「うん。やっぱり、色んな想いを詠んで経験積めるならって思ってたから……。それと、小学生の頃に八神さんがお客さんと電話で話してるの聞いちゃったんだ。……暗想属の結晶が必要なのに全く足りてない、って」
 ……子供って結構大人の会話とかをきちんと聞いていたりするものだ。
「遥君のことだからどうにかしてあげたいって思ってしまったんですね」
 こくり、と小さく頷いた姿は幼い子供のようだった。
「今、子供みたいだって思ったでしょ」
「……思いました」
 私を助けるために、願想の結実を作ったほどだ。彼なら他のやり方でどうにかできたりしないのだろうか。
「遥君は遥君の力を生かして、幻想錬金術で作り出せば良いのではないでしょうか」
「えぇ? 明想属から作るの? 真逆なんだけど!」
 そう言って困った顔をして笑っている。
「はは……部外者が口を出すものじゃありませんね」
「俊郎さん、部外者どころか当事者だし、その辺の錬金術師よりも幻想錬金術の事は詳しいと思うけど?」
「えっ、そんなにですか?」
「想叶者の秘法で錬金術の中の錬金術。普通の人は知る機会がないからね!」
 
 もう一度丸い月へと目を移す。
 その綺麗な姿に「ありがとう」と心の中でつぶやいた。
「俊郎さん、月にお礼を言うために来てくれたんだ」
 それもあるが、この月の光が遥に素敵な想いを詠ませてくれると良いなと願っているのだ
「ありがとう。俊郎さんがそう想ってくれるだけで十分」
 そしてできればまたあの幻想的な光景を見せて欲しい。
「大丈夫、あとでちゃんと結晶は採るよ」
 ……あれ?
「俊郎さん……?」
「やっぱり君は人の心が」
「詠めないってばー」
「では、遥君は私の想いを詠み過ぎたからでしょうか。私の幻想波のパターンを理解して……」
「ほら! そういうところだよ! ……でも、今まで駄々洩れだったのもその仮説が正しいかもよ」
 そういって金色の瞳を細めた。
「さて、そろそろ仕事しておかなきゃね! ピカピカの月をバックライトにショータイムだよ!」
 ピカピカが気に入ってしまったようだ……。
 私は邪魔にならないよう後ろへさがり、あの晩と同じように特等席で観客となった。

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