第33話 トラウマ
文字数 2,889文字
それについては…………話すべきかはすごく悩む。
しかし、これが何かのヒントになるならば。
「遥君、どうか地雷を踏んだと思わずに聞いてください。実は……」
「待って、すごく言いにくい話なら無理しないで」
遥はこういう優しさを持ち合わせているからこそ、話す気になったのに。
「いえ、……ちゃんと話しておきますよ」
「あ……うん」
「……私が高校一年の頃、同じクラスの友達が校舎の屋上から……飛び降り自殺をしたんです。私が気づいていれば、止められたかもしれなくて……。その当時、私は将来の事で自暴自棄になっていて、授業をサボって屋上で寝ていたんです。全てを知ったのは、屋上に教師たちが上がってきて叩き起こされ問い詰められてからでした」
地面に倒れた友達と、飛び散った血と……今でも頭にこびり付いている。
「……そんなことが」
――だから飛び降り自殺というのは、私にとってトラウマそのものなのだ。やはり重たい話ではある。藤田君はもちろん、祥子さんにも話してはいない。
「……満月の夜の遥君のことも、シオリさんも……先日、地元の駅で声をかけた人や、その他の人に対しても、贖罪のつもりなんですよ」
「その他って……。俊郎さん、もしかして……」
「えぇ。特に駅では注意深く人を見ていて、声をかけてしまうんです。違ったならそれでいいのですが、また後悔したくはありませんし、私があの夜に遥君に言われたように悲しむ人は必ずいると思うので……」
時計を見ればもうすぐ十六時半だ。
「じゃあ、俊郎さんの『助けなきゃ』っていう想いの方が強かったんだね」
そう言う風に解釈してくれるのは救われた気になるが……
「遥君、そろそろ時間なので人事会議に行ってきます。手持ちの仕事が片付いたら休憩していてください」
「あ、はい。いってらっしゃい」
遥はいつも通り優しい目をして聞いていた。私もそれを解っていて話したのだが、それが却って居たたまれない気持ちにさせた。
いくら自殺志願者らしき人に声をかけて止められたとしても、あの時の友達は戻ってこない。……それに社内で吉崎さんが悩んでいることにも気づけなかった。
私はまた失敗をしていたのだから。
気を取り直して、と言いたいところだが人事会議の一つ目は、吉崎さんに関する事件で謹慎していた小野君の件だった。
私の手には彼から受け取ったばかりの白い封筒が二つ。吉崎さんと人事部への宛名もボールペンで書かれていた。
「……本当にご迷惑かけました。申し訳ないです」
「申し訳ないと思うんだったらさ、またゼロからスタートしよ。小野君が休んでた本当の理由は、他の一般の社員は知らないから。だからこれからまた頑張ろうな」
彼ら二人は、私や藤田君よりも二~三歳年上で前職でも先輩後輩の関係。藤田君が友人を通じて鎌田君と知り合い、この株式会社メディアスタートを立ち上げる時に声をかけ、半年後に鎌田君が小野君を呼んで現在に至っている。
鎌田君も連帯責任のように申し訳なさそうにしていた。
「小野君は営業の経験があるわけですし、ゼロからと言わず自信を持ってください」
一度は私も憤りを覚えた事件なのだが……私自身にも多くの反省点があった。小野君も私もこれからのために前向きにならなくてはならない。
元々、遥にこの反省文と謝罪文を詠んでもらう予定だったのだが……。いくら遥が快諾したとはいえ、内容が内容だけに心配だ。
詠んだ想いによっては遥の体に負担がかかる。……丁寧な手書きで誤字なく書いて来たことを誠意として受け止め、遥に詠ませるのは中止にした方が良さそうだ。
小野君についてはしばらくの間は鎌田君がしっかり鍛え直すと話していたし、いい機会だからもっとコミュニケーションを取ろうということになった。
鎌田君と小野君が会議室を後にし、その後は二つ目、デザイン部の田畑さんと面接の結果についての会議なのだが……。
会議室のドアが開くと同時に田畑さんの泣き声が響いた。
「あぁー……俊郎さーーん……」
「なんとなく言いたいことが伝わった気がします」
「どうしよう、早く決めないとガンちゃんが辞める前にちゃんと引き継ぎできない……」
そう言いながら蛍光ピンクのお団子頭を抱えている。
「即戦力になる中途採用者」の一名の枠に、今回の面接でも一人も残らなかったのだ。来月退職予定のガンちゃんこと岩本さんの後任をお願いする予定なのだが――
「こういう言い方は失礼なのですが、妥協できる人もいなかったんですか」
「……スキル的にはガンちゃん以上にできそうな人がいたんだけど……真っ先に候補から外しちゃったの」
「え……。よほどの礼儀知らずとか、そういう感じですか?」
デザイン部の面接は主に田畑さんに任せていて、今回は退職予定の岩本さんも同席して行っているのだが、他の部署の採用と同じく私も同席した方が良かっただろうか。
「んー……そういうわけじゃなくて……こういう判断は適正じゃないとは思うんだけど、緊張しているのか人と話すのが苦手なのか、目を合わせないの……」
なるほど……。デザイン部のノリには程遠いということか。
田畑さんによれば、メンバーに馴染めずにすぐに辞めてしまわれるのでは、という心配のほうが大きいようだ。
弊社のデザイン部は独立国家のような部署で、仕事はきっちりする代わりに服装は自由で個性的だ。定期的に勉強会やランチミーティングなども行っていて、皆そろって仲も良い。メンバーは気さくで話し易く、遥も初日に一緒に食事に連れ出してもらい、すぐに打ち解けて今でも休憩時間にはデザイン部の面々と雑談をしている。
「スキルは申し分ないということなら、採用してもいいのでは? 面接では緊張しているでしょうし、今いる皆さんも最初からあの状態ではなかったでしょう」
「うーん……ガンちゃんも俊郎さんと同意見だったかな。でも話がしづらいっていうのが心配で……。俊郎さんくらい何考えてるか分かりやすいと楽なんだけどなぁ……」
……最近特によく言われるし、考えを読まれるのだが、私はそんなに分かりやすいかな。
一度は目を通した履歴書だが改めて確認してみる。
宗像 夢人 さん――。あぁ、この男性か。すごく整った字の履歴書で印象に残っていた。現在二十六歳。志望の動機には「夢を持って楽しみながら仕事をしたい」とある。藤田君の、いや会社の理念に共感しているそうだ。
履歴書は先月末に届いていたが、面接は時間の折り合いがつかず一番最後で今月入ってから。WEB媒体のデザインの経験だけじゃなく文章のライティングもできるらしい。
「実績もあって熱意も感じられますし、自分の弱点について緊張しやすいと書いてあります。自己分析もできていて心配は要らないのでは?」
「……じゃあ、宗像さんに採用メールを送ります。出社日の都合を確認したら俊郎さんにもお知らせするね」
「お願いします。機材はいつも通り手配しておきますので」
緊張しているだけでお断りという結果では、お互いにとってチャンスを逃してしまう。それではもったいない。
「おっと……」
人事部に戻ってくると事件が起きていた。
しかし、これが何かのヒントになるならば。
「遥君、どうか地雷を踏んだと思わずに聞いてください。実は……」
「待って、すごく言いにくい話なら無理しないで」
遥はこういう優しさを持ち合わせているからこそ、話す気になったのに。
「いえ、……ちゃんと話しておきますよ」
「あ……うん」
「……私が高校一年の頃、同じクラスの友達が校舎の屋上から……飛び降り自殺をしたんです。私が気づいていれば、止められたかもしれなくて……。その当時、私は将来の事で自暴自棄になっていて、授業をサボって屋上で寝ていたんです。全てを知ったのは、屋上に教師たちが上がってきて叩き起こされ問い詰められてからでした」
地面に倒れた友達と、飛び散った血と……今でも頭にこびり付いている。
「……そんなことが」
――だから飛び降り自殺というのは、私にとってトラウマそのものなのだ。やはり重たい話ではある。藤田君はもちろん、祥子さんにも話してはいない。
「……満月の夜の遥君のことも、シオリさんも……先日、地元の駅で声をかけた人や、その他の人に対しても、贖罪のつもりなんですよ」
「その他って……。俊郎さん、もしかして……」
「えぇ。特に駅では注意深く人を見ていて、声をかけてしまうんです。違ったならそれでいいのですが、また後悔したくはありませんし、私があの夜に遥君に言われたように悲しむ人は必ずいると思うので……」
時計を見ればもうすぐ十六時半だ。
「じゃあ、俊郎さんの『助けなきゃ』っていう想いの方が強かったんだね」
そう言う風に解釈してくれるのは救われた気になるが……
「遥君、そろそろ時間なので人事会議に行ってきます。手持ちの仕事が片付いたら休憩していてください」
「あ、はい。いってらっしゃい」
遥はいつも通り優しい目をして聞いていた。私もそれを解っていて話したのだが、それが却って居たたまれない気持ちにさせた。
いくら自殺志願者らしき人に声をかけて止められたとしても、あの時の友達は戻ってこない。……それに社内で吉崎さんが悩んでいることにも気づけなかった。
私はまた失敗をしていたのだから。
気を取り直して、と言いたいところだが人事会議の一つ目は、吉崎さんに関する事件で謹慎していた小野君の件だった。
私の手には彼から受け取ったばかりの白い封筒が二つ。吉崎さんと人事部への宛名もボールペンで書かれていた。
「……本当にご迷惑かけました。申し訳ないです」
「申し訳ないと思うんだったらさ、またゼロからスタートしよ。小野君が休んでた本当の理由は、他の一般の社員は知らないから。だからこれからまた頑張ろうな」
彼ら二人は、私や藤田君よりも二~三歳年上で前職でも先輩後輩の関係。藤田君が友人を通じて鎌田君と知り合い、この株式会社メディアスタートを立ち上げる時に声をかけ、半年後に鎌田君が小野君を呼んで現在に至っている。
鎌田君も連帯責任のように申し訳なさそうにしていた。
「小野君は営業の経験があるわけですし、ゼロからと言わず自信を持ってください」
一度は私も憤りを覚えた事件なのだが……私自身にも多くの反省点があった。小野君も私もこれからのために前向きにならなくてはならない。
元々、遥にこの反省文と謝罪文を詠んでもらう予定だったのだが……。いくら遥が快諾したとはいえ、内容が内容だけに心配だ。
詠んだ想いによっては遥の体に負担がかかる。……丁寧な手書きで誤字なく書いて来たことを誠意として受け止め、遥に詠ませるのは中止にした方が良さそうだ。
小野君についてはしばらくの間は鎌田君がしっかり鍛え直すと話していたし、いい機会だからもっとコミュニケーションを取ろうということになった。
鎌田君と小野君が会議室を後にし、その後は二つ目、デザイン部の田畑さんと面接の結果についての会議なのだが……。
会議室のドアが開くと同時に田畑さんの泣き声が響いた。
「あぁー……俊郎さーーん……」
「なんとなく言いたいことが伝わった気がします」
「どうしよう、早く決めないとガンちゃんが辞める前にちゃんと引き継ぎできない……」
そう言いながら蛍光ピンクのお団子頭を抱えている。
「即戦力になる中途採用者」の一名の枠に、今回の面接でも一人も残らなかったのだ。来月退職予定のガンちゃんこと岩本さんの後任をお願いする予定なのだが――
「こういう言い方は失礼なのですが、妥協できる人もいなかったんですか」
「……スキル的にはガンちゃん以上にできそうな人がいたんだけど……真っ先に候補から外しちゃったの」
「え……。よほどの礼儀知らずとか、そういう感じですか?」
デザイン部の面接は主に田畑さんに任せていて、今回は退職予定の岩本さんも同席して行っているのだが、他の部署の採用と同じく私も同席した方が良かっただろうか。
「んー……そういうわけじゃなくて……こういう判断は適正じゃないとは思うんだけど、緊張しているのか人と話すのが苦手なのか、目を合わせないの……」
なるほど……。デザイン部のノリには程遠いということか。
田畑さんによれば、メンバーに馴染めずにすぐに辞めてしまわれるのでは、という心配のほうが大きいようだ。
弊社のデザイン部は独立国家のような部署で、仕事はきっちりする代わりに服装は自由で個性的だ。定期的に勉強会やランチミーティングなども行っていて、皆そろって仲も良い。メンバーは気さくで話し易く、遥も初日に一緒に食事に連れ出してもらい、すぐに打ち解けて今でも休憩時間にはデザイン部の面々と雑談をしている。
「スキルは申し分ないということなら、採用してもいいのでは? 面接では緊張しているでしょうし、今いる皆さんも最初からあの状態ではなかったでしょう」
「うーん……ガンちゃんも俊郎さんと同意見だったかな。でも話がしづらいっていうのが心配で……。俊郎さんくらい何考えてるか分かりやすいと楽なんだけどなぁ……」
……最近特によく言われるし、考えを読まれるのだが、私はそんなに分かりやすいかな。
一度は目を通した履歴書だが改めて確認してみる。
履歴書は先月末に届いていたが、面接は時間の折り合いがつかず一番最後で今月入ってから。WEB媒体のデザインの経験だけじゃなく文章のライティングもできるらしい。
「実績もあって熱意も感じられますし、自分の弱点について緊張しやすいと書いてあります。自己分析もできていて心配は要らないのでは?」
「……じゃあ、宗像さんに採用メールを送ります。出社日の都合を確認したら俊郎さんにもお知らせするね」
「お願いします。機材はいつも通り手配しておきますので」
緊張しているだけでお断りという結果では、お互いにとってチャンスを逃してしまう。それではもったいない。
「おっと……」
人事部に戻ってくると事件が起きていた。