第61話 交渉

文字数 2,171文字

「遥君……違う可能性もありますが……。今朝、宗像君と目が合った時、滝のように汗をかいて悪寒がしたんです」
「え、もしかして詠まれたってこと?」
「単なる冷汗だと思ったのですが、八神さんが不快感を伴うと話してましたし。……でも、私は普通に生きている人間です」
 想叶者と呼べるような特殊な能力など、何一つ備わっていないのだが。
「……でも、俺たちが幻星の昴を持ってることを知るのには、それしかないけれど……何だろう……」
「遥君、可能性としては縁切りの招き猫の影響しかないと思います。ですが幻星の昴を持っていることはもう知られてしまっているので、今は翔太を優先して、全て終わってから改めて八神さんに相談しましょう」
 遥が大きく頷く。
「よし。じゃあ本題だね。翔太君のためにも、安全に事を運ぶには幻星の昴を渡すのが最善だと思うんだけれど」
 翔太だけじゃない、遥のためにもだ。しかし……
「宗像さんが想叶者じゃない場合、あれを手にした途端に最悪自我を失って結局俺たちみんな危険な目に遭うかもしれない。でも、想叶者であれば手渡した後に改めて奪い返す機会を探る、ということも可能だよ」
「なるほど、では後者の方に少し期待したいですね」
 しかし、取り返せなかった場合……転売する相手がどんな者なのかもわからない。想叶者であればまだマシという程度だ。渡す以外に何かいい方法はないだろうか……。
「宗像さんは何時までに返事をくれって言ったわけじゃないよね?」
「あ……そういえば、0時にもう一度電話すると言っていました」
 時計を見れば二十二時を過ぎていた。
「……まだ時間あるし、俊郎さん、シャワー浴びてきなよ。……汗臭いよ」
「え? そんなに臭……いですね」
 そういえば御苑で大量に汗をかいたんだった……。
「では、お言葉に甘えてお風呂場を借ります」
 温かいシャワーは、急に生きた心地が戻ってきた。気持ちのリセットも兼ねて気をまわしてくれた遥には感謝しかない。
 
 風呂から上がると、遥がコンビニでシンプルなTシャツと軽食を買って来てくれていた。
「わざわざありがとうございます」
「さすがに俺のは似合わないかなって思って。あとお腹空いてるでしょ?」
 お腹……翔太は何か食べさせてもらってるだろうか。
 お腹を空かせてるだろうか……。
 無事に返してもらえるだろうか……。
「ちゃんと食べておかないといざという時に力出ないからね。四歳児だってそれなりに重たいよ?」
「そうですね、ありがとう。……いただきます」
 サラッとした新しいシャツに着替え、サンドイッチを手に取った。
「俊郎さん、願想の結実はしっかり身に着けてシャツの下に入れておいて」
 そうだ、私には遥が作った願想の結実があるから、危機を感知したら幻想世界へ退避することも可能だ。
「遥君、これは誰かに触れていれば一緒に移動できますか」
 七夕の日、遥が私の手を掴んで一緒に幻想世界へ行けたし……
「うん、おそらく一緒に移動できるはず」
「それでは、いざという時は私が二人を庇います」
「……わかった。でも翔太君を最優先で」
「いえ……二人とも最優先にしますよ」
 遥が微笑む。
「戻ってくるのは元の場所だから、受け渡しの場所はできるだけ安全な場所がいいな……。新宿御苑の中とか指定できたらいいんだけど。そしたらあそこに棲む想叶者に力を貸してもらえるかもしれない」
「では、場所はそのあたりで打診してみます」

 深夜0時にスマホが震えた。あの番号……宗像君だ。
「もしもし? 加賀美です」
『宗像です。答え、出ました?』
「幻星の昴は宗像君にお渡しすることで結論は出ました。翔太を返してください」
『えぇ。ちゃんと本物を持ってきてくれるならお約束します』
 俺が、と自身を指差した遥が宗像君に呼びかけた。
「あ、宗像さん? 稲月です。あのー……幻星の昴を手に入れて何をするの?」
 遥には何か考えがあるのだろうか。
『それは言えない』
「そっか……でもずっと探してたみたいだから何か目的があるんだよね?」
『……余計な詮索はしないで』
「俺だって交渉材料の一人なんだし、教えてくれても良いんじゃない?」
 ツーー、ツーー、ツーー、ツーー
「切れた……」
 彼は何故か酷く怒っているようだった。翔太に何もしないとは限らない……。
「俊郎さん、もうタイムリミットだし、すぐ電話をして翔太君を助けよう」
 最悪の事態を考える前に、遥の提案通り宗像君に電話をかけた。

「幻星の昴をお渡しします。どこに行けばいいですか」
『じゃあ、稲月君の家のビルの屋上に……そうですね……午前二時に』
 場所については翔太を保護したらすぐに遥の家に退避できるし、こちらとしては願ったりだが、今から二時間も後……? 
『それと、幻星の昴以外のものは持って来ないでください』
「……わかりました。翔太は」
『夕飯を食べて今は眠ってるから安心してください。一時五十分にはドアから離れた場所で待機しててくださいね』
「はい……」
 電話を切ると、遥が唇を噛んでいる。
「ずいぶん焦らしますね……。宗像君は何か準備でもしてるんでしょうか」
「丑三つ時だよ……人も草木も眠っていて、想叶者も大人しくなる時間。つまり……幻想錬金術が使いにくい時刻を指定してきている」
「相手も想叶者となると、それなりの対策をしてくるんですね……」
「……厄介な相手だな」
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