第35話 求める人は

文字数 1,811文字

 会議室を後にして、給茶機のもとへ。
 いつもは緑茶だが、気分転換のために私もアイスコーヒー飲もうかな……。

 人事部に戻りアイスコーヒーを手渡すと遥が安心したような顔をしていた。
「あぁ、俊郎さんありがとう」
「丸園さんの事だけでなく、新しい人も入りますし、皆さんが働きやすい環境を整えるための話をしてきましたよ」
「……そうだよね。別にいいって言っちゃってごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ」
 デスクに置かれたスマホに表示されていたのは「幻想波 機構」というキーワードでの検索結果の画面だった。
 求人サイトやハローワークへ出していた広告を取り下げ、これでようやくデザイン部の求人は終わり。
「ふぅ……」
 検索結果の画面をスクロールしていた遥からも、ほぼ同時にため息が漏れた。
「遥君の方は、何か進展はありましたか」
「ううん。……そろそろ覚悟を決めて信頼できる錬金術師を探すほうが早いのかなぁ」
「秘密主義な上に伝手がないのに、どうするんですか」
 遥は右手の拳で眉間を軽く小突きながら考えていた。
「あの店の店主を頼ってみようかな、って思ってるんだ」
「あの店……? あぁ、あのいつも差し入れを下さる方ですか」
「そう、その人。いや……人って言っていいのか分からないけど」
 これは突っ込んで聞いたほうが良いのだろうか。
「今度、俊郎さんにも一緒に来てもらおうかな。そのほうが色々話もしやすいから」
 興味はあるけど、少し怖い。
「私が行っても大丈夫なんですか」
 私の言葉に、遥がにやりとした。
「俊郎さん自分で助手って言ったじゃん。あと、全然怖い人じゃないよ」
「……君は本当は心が」
「詠めないってば。俊郎さん、分かりやすいんだもん」
 みんなが言うけど本当にそんなに分かりやすい?
「それに、当事者を連れて行った方が良いからね」
 なるほど……。
 確かに、遥には聞こえない「声」の件を話すには私を連れて行くのが一番良い。
「では、行く日が決まったら予定を入れましょう」
「早い方がいいんだけど、明日で大丈夫?」
「そうですね。では明日はその予定にしておきます。仕事が終わり次第になりますが、先方の予定は大丈夫ですか」
「平気平気、あの人いつも夜は暇そうにしてるから」
「そうですか」
 アイスコーヒーを飲み終わる頃、田畑さんから宗像さんへの採用通知のメールがCCで届いた。出社日については宗像さんの返事次第で決まるだろう。
「遥君、次の仕事です。新しく入る人の準備を進めるので一緒に来てください」
 以前は吉崎さんが担当していた仕事だが、今後のためにも覚えてもらうと非常に助かる。
「人を採用するのって色々大変なんだね」
「そうなんです。だからすぐに辞めてしまわれると各所が大変な予算を失うんですよ」
「予算って、広告費とか?」
「それもありますが、他には面接にかけた時間などですね。正社員の月給を時間で割って単純計算すれば、面接時間にどれだけ予算を割いたことが分かりますし、入ったばかりの人に仕事を教えるのに使う時間なども含めるとそれなりの額になるんですよ」
「俺の場合だと、広告費無しで採用?」
「……実は遥君が来る前にちゃんと広告は出していたんですよ。ただ、一件も問い合わせはありませんでしたが」
 そう、吉崎さんが休職してからの間、一件も来なかった。
「それって、もしかして……あの招き猫のせいだったりしないかな」
 いつもより少し低い声でそう呟く。
 遥と出会って三週間。彼はずっとこの事件の鍵となる縁切りの招き猫の真相を追い続けている。少し神経質になっているのだろうか。
 応募がなかったからこそ遥が潜入調査に入れる枠が残り、こうして私も生きているし人事部での事件は一応解決。そしてありがたいことに遥は今も手伝いに来てくれている。
「遥君……私のすぐ近くにいる人ならばともかく、求人広告にまで影響があるなら、私は妻や息子にも嫌われていたはずですよ」
「……そうだね、確かに」
 もしも祥子さんと翔太にも影響がでていたらと思うと本当に怖くなった。あの頃は残業や休日出勤が多くて家にいる時間が極端に短く、家族と顔を合わせる時間がほとんどなかったのは、逆に良かったのかもしれない。
 縁切りの招き猫……重要な手がかりを掴みながらも、核心には程遠い。
 相手がどのような人物かもわからないし、私たちが見当違いなことをしている可能性もある。だからこそ、知っている伝手を頼ることを考え始めているのだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み