第75話 EX編5 夢喰いのこと3

文字数 3,000文字

 ひとまず、加害者である宗像さんがどうしてこんな状況になったのかは見えてきた。
 あとはヤガミが「余罪がある」って言っていた件。

 1:人間の遺体から幻想波を抜き取って食ってたこと
 2:その為の病院などへの不法侵入
 3:人間を眠らせて悪夢を幻想波にして抜き取るという能力制限違反行為

 この三つについてだが……

「宗像さんは人間の戸籍がないということなので、一番罪が重い能力制限違反は無しですね。他の二つは想叶者の悪戯として処理されて厳重注意程度でしょう」
「お、やっぱりそうなるか。 あとはもし警察にいる時に弁護士が必要になったら……そうだなぁ」
「そっちは別の弁護士に頼めばいいんじゃないかな。国選という制度もあるし」
「おっ、そうだな。そうしよう」
「……でも、僕はお金が……」
「大丈夫。ヤガミが何とかしてくれるから」
「心配するな」
「あぁ……。ありがとうございます」
「礼は要らんよ。人間社会で困窮する想叶者たちのために、基金を設立してある」

 八神のこういう懐の深いところは、たまに本人が冗談で語る「神」なのだろうと思う。まさに神対応ってやつ。

「んじゃ、俺はそろそろ店開けなきゃならんから先帰るから、あとは頼んだ」
「分かった、また後で連絡する」

 八神が飲ませたという薬の効果は目を見張るほどで、気づいたら頬の擦り傷は治りかけていた。

「宗像さん、何か他に質問ありますか? 現段階で……ですが」

 彼は布団から身を起こし、写真の二人にちらりと目線を送って小さく頷いた。

「あの……人間の戸籍が欲しいんですが、今度、手続きについて教えてくれませんか?」
「でも、戸籍は能力制限と引き換えになりますし、今のままの方が宗像さんの場合は生き易いんじゃないですか?」
「……先日会社で受け取った書類でどうしても必要になりそうで……年金とか保険の手続きで」

 あー、完全な見落とし。こういう時、想叶者は人間と同等の権利を得るために戸籍が必要になる。それにこのアパートもいつかは建て直しになり引っ越すことになるかもしれない。その時に住む場所を確保するためには人の身分証明書は必須だ。

「それと……僕は、聡美さんと成也さんの想いから生まれてきたので……だから、あの二人の想い……夢を追いかけて、支えて生きるということを、あの人達と同じ立場で……その……」

 あぁ……。

「宗像さん、暗想属の結晶を食べるために部分的に制限を外すよう、上申書を出すこともできますが」
「そんなこと、可能なんですか?」
「えぇ。本当に限定的に一つのみの能力で、人間に無害なものだけですが」
「じゃあ、暗想属よりも悪夢を……、悪夢を食べさせてください!」
「でも、悪夢は手に入らないのでは?」
「人間は満月の夜に悪夢を見ます……。あとは……獏に食べてと想ってくれる人が一人でもいれば、それで少しでも手に入りますから」

 獏に食べてくれるよう祈ってくれる人が増えれば、食べ物に不自由はないということか。

「悪夢は一度でも食べられれば腹持ちが良いので……どうしても足りない時は今の会社の給料で、暗想属の結晶を買えるので」
「……では、上申書は悪夢の方で出しましょう」
「ありがとうございます!」

 ……獏は元々人間にとって霊獣として親しみのある存在だ。ただし伝説上の存在として描かれた獏には諸説あり、実際はどれが正解なのか分からない。夢というものは酷く曖昧だからこそなのだろうか。

「悪夢を食べられた人間は……とても気持ち良さそうに眠ってくれるんです」
「……我々にとっては残念でもある面ですが、人間に有益であれば想叶者は認めてもらい易いんです」
「そうですか……」

 自然な流れだし、少し探っておくか。

「宗像さんにできることは、他には何があるんですか?」
「えっと……人を眠らせること……です。生前、成也さんが聡美さんに良い夢を見てゆっくり眠って欲しいと願って、獏の絵を描いていたから……」

 ……なるほど。

「ありがとう。では、宗像さんが自分から人間として生きたいということを望んだということは、私の方からも念押しいたしますので」

 それからいくつかの聞き取りをして、八神から渡されていた薬を宗像さんに飲ませてから彼の部屋を後にした。


『そうか、なるほどな。じゃあ戸籍を希望するならまあ安泰だ』

 一度事務所に戻って八神に電話で報告をすると、安心した声でそう言った。

「正直、存在するために必要な物が物だけに、どう話を持っていくのが良いかと思ったが、自分から望んで戸籍が欲しいって言ってくれて助かった」
『これで宗像氏は法律で縛れるな』
「……そうだな」

 住むところを追われて人里に降りてくる想叶者は後を絶たない。

 土地は全て人間のもので、勝手に住み着くと追い出される。人の姿形をしているならなおの事だ。

 ……例え恐ろしい力を持っていても、今後も存在するためならば権利と引き換えに全て封じることが出来る。
 


 翌日、早くも回復した宗像さんは事務所まで挨拶に来たあと、四谷警察署に赴き自首した。
 その夜には加賀美さんと稲月君からの聞き取りも済ませ、事件のここまでの全貌が見えてきたところで解散となり、俺は八神と知人の店で酒を飲んでいる。

「人間の勝手で生まれ出てきて、困窮している想叶者に自首を勧めるというのは正直複雑なんだよな」

 人間同士の事件は互いが対等だから気が楽だが、想叶者と人間は対等とは言えないから。

「別に今回は橘が勧めたわけじゃないんだろ?」
「今回はね。……ところで、稲月君にはいつもあんな態度?」
「あんなって何だ」

 はぁ……。

「厳しすぎるんじゃないか? 大声で怒鳴るとか昭和の親父も良いところだろ」
「うるせえ!」
「すごく寂しげだったぞ」

 俺たちと別れた後、振り返った時に加賀美さんが追いかけていたから、フォローに回ったのかもしれないが……。

「あいつは生まれついての人間だ。想叶者とはあんまり関わらないほうが幸せなんだよ」

 明らかに面白くなさそうな顔でテーブルの上の水割りをあおる。

「……ほら、グラス貸せよ。不器用者」

 ばつが悪そうに後頭部をガリガリ掻いている。本当に不器用な奴だよ。


 作った水割りを手渡すと八神はグビっと一口飲み、ため息を一つ。

「最近は人間もすっかり偉くなっちまって……自然への畏れなんざもうとっくに忘れちまってんだよな」
「そうだなぁ……」

 そんな俺は、いまだに人間の恐怖の対象になっているだろうか。

「悪夢だけじゃあない。身の回りの不平不満も全てネットの海へ垂れ流しだ」
「海に向かって叫んでくれたらいいのにな」
「……お前だって昭和のオッサンじゃねえか」
「こんなイケメン捕まえてオッサンとは失礼だな。せめてお兄さんと言え」

 俺も水割りを一口。

「宗像氏に、暗想属の専門の幻想の錬金術師になってもらえたら一番良かったんだが、今回ばかりは野放しにするにはリスクが高すぎる」
「稲月君じゃダメなのか?」
「……あいつには暗想属は詠ませたくないんだ。それに宗像氏は会社のデザイン部でどうしても手放したくない人材なんだとよ。遥がそう言っていた」
「本人も人間としてデザイナーとして頑張りたいらしいよ」
「……本棚やカレンダーを見りゃ、俺でも解るよ。それに写真立てもな」

 宗像さんがあの写真へ送る視線は、あの二人を見守るような温かいものだった。

 願わくば、彼のこれからの将来が、二人が夢見た素敵なものとならんことを。
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