第27話 英雄の帰還

文字数 3,067文字

 一息ついてから、再び先ほどの話に戻る。
「そういえば、シオリさんも、女の子の力とは思えないほど強い力でした」
 北原さんも私を振りほどこうとしたときには女性とは思えないような馬鹿力だった。
「本当に、何の為にこんな厄介なものを作ったんだろ」
 新宿周辺、いや、全国での事件や事故に広く関わっているのでは、とさえ思えてしまう。
「シオリさんは、あれを去年の花園神社のお祭りの時にもらったと言っていましたよ」
「花園神社と言えば、八月に盆踊りと、十一月は酉の市があるな……」
「でも、遥君」
「うん、無茶はしない。俺の分の願想の結実を作らないことには、いざという時が怖いからね。だから次の新月待ちかな」
「願い事は? 遥君の願い事も家族愛的なことですか?」
 小さく首を振って答える。
「俺の願い事は、今回の件をきっかけに早く一人前になりたいなって思ってるから、それに関すること。だから今回は、ばあちゃんの短冊を使わせてもらうよ」
 認知症のおばあちゃんが書いた願い事……遥本人の願い事ではなくとも、遥の帰りを強く願っているなら道理が通るということか。
「今だから言うけどさ……、バイトを休んだ日に試行錯誤してみたんだけど、手持ちの結晶だけじゃどうにもならなくて……。ほとんど諦めてた時に、会議で夢企画の話を聞いて『できるかもしれない』って思ったんだ」
 では、藤田君の想いにも救われたということか。遥が会議に出席していなければ、私は今頃……。
「身を守るためのものを作らなきゃって思って……。幻想錬金術の理論と経験から考えて作ったのがそれ。試作品ではあるんだけど……発動して本当に良かった」
 これを自分自身で考えて作ったのか……。
「ということは、遥君には才能があるということじゃないかな」
「え? そうかな……」
「私が保証しますよ。わずか数日のうちに完成させたわけですし、こうして無事に行って帰ってきたんですから」
「……じゃあ、自信持っちゃお」
 照れ笑いをして、素直に喜んでいるのがよくわかる。
 病室に入ってきた時にすごい剣幕で「バカ」って言われた時はどうなることかと思ったが、またいつもの遥に戻ったようだ。
「さあ、それを飲んだら家に帰って勉強して、今夜はゆっくり寝てください。私は本当にもう大丈夫だから」
 わかった、と言ってペットボトルの蓋をあける。プシュという爽快な音の後、夏みかんのいい香りがした。
「あ、入道雲」
 ジュースを口に運ぶ時に気づいた遥のつぶやきで、窓の外に目をやると夕陽で染まった空に、橙色の入道雲が浮かんで見える。
「夏みかんのクリームソーダみたいに見えますね」
 私の言葉に一瞬、目を丸くした後に元気よく言う。
「俊郎さん、そういう想像力、大事だよ!」
 椅子から立ち上がり、改めて病室を見回す。
「よし、誰もいないよね」
 言いながらペットボトルを私に預けた。
「何をするんですか」
「せっかく立派なのが見えるんだもん。結晶をもらっとこうかなーって」
 親指で窓の外を指す遥は、すっかりいつもの幻想錬金術師に戻っている。いや、少し自信が付いた感じだろうか。
「ここでもできるんですか」
「今、どれだけ雲を見ている人がいるか分からないけど、あれだけ立派な入道雲なら今時SNSで拡散されるからね!」
 そう言いながら窓を大きくあけ、スマホで雲を撮影した。
「俊郎さんの言葉、借りるね」
 スマホの画面を少しいじってから満足げに笑う。
「おー、どんどん拡散される。なんだかんだ言って、みんな自然現象は大好きなんだよ」
 その呟きの画面を見せてくれた。
『都心から大きな入道雲見えるよ! 夏みかんのクリームソーダ!(T氏)』
「イイネ」の数がみるみるうちに増えて拡散されていく。
「それ……今投稿したばかりですよね? 遥君、フォロワー何人いるんですか」
「へへっ、秘密!」
 しばらくスマホの画面を見てからポケットにしまい、左腕をまっすぐ伸ばし、大きな入道雲に手の平を向ける。
 西日でその姿全体がオレンジ色に光り輝いて、満月の日とは違った神々しさがある。本当に同じ人類だろうか……。
「その想いを俺に預けて——」
 瞳がきらりと輝くと、それを合図に遥の手の平に小さな光の粉が集まってくる。ある程度で握り締めると、内側からぼんやりと光る小さなオレンジ色の結晶となった。
「これ以上集めようとすると、さすがに目立っちゃうからね」
 無邪気な顔で不思議なことをやってのける幻想錬金術師。
 また「今更」って言われるかもしれないけど、彼は本当に何者なのだろう。

* * * * *

 SNSで拡散されていたのは夏みかんの入道雲だけではなく、私についてもだった。と言っても、投稿者は私でも遥でもない第三者。
『お手柄サラリーマン、女子高校生を人命救助!』
 目撃者数名が投稿していて、そのイイネの数はそれぞれ一万を軽く越えている。どうしよう……。
『絶対に死んだと思ってたら、その人電車の中から現れたんだよ! 絶対奇術師だよ!』
 テンション高めの投稿だ。
『助けてた人は、高身長のスラっとしたイケメンだったよ』
 あ、ちょっと嬉しい。
『JKを追いかけてたからヤバい人かと思った』
 ……これはバズらなくていい。
 どうか写真や動画に撮られていませんように、と思いながらトレンドのワードから遡ってみるが、一枚も上がっていなくて胸をなでおろした。
 退院の手続きには祥子さんと翔太も来てくれて、無事に一度家に帰って午後から出社した。

 社員の通用口のドアを開けた途端、紙吹雪と紙テープが降ってきた。面食らっているところへみんなが走り寄ってきてクラッカーを鳴らす。え、なに……。
「俊郎さーん! おかえりー!」
 藤田君の掛け声で盛大な声援と拍手……。えっと……
 振り返るとドアの上には金色のくす玉。
「はいこれ!」
 田畑さんから手渡されたのは小さな花束と、名刺……? あぁ、昨日お願いし……肩書が奇術師になってるんですが。
「あぁ……これは」
 いつもの悪ふざけ、もとい遊び心。思わず笑いがこみ上げる。
「藤田君、本当に好きですね」
「それが今回は俺じゃないんだ」
 得意げに胸を張りながら否定をするが……。
「遥君が発案で、俺と田畑さんは実行委員」
 遥が?
「名刺は私が勝手に追加オーダーしちゃったけど、代金は藤田君が出してくれたので経費に含まれません! 記念にとっておいて!」
「これは面白いですね。ありがとう」
 ちゃんと私が頼んだいつもの仕様の名刺も一箱届いていた。
「昨日、夜に遥君が来て、くす玉とかクラッカーとか色々手配して行ったんだよ」
 あ。さてはまたズルい薬使ったな。
「俊郎さん、あんまり無理しないでね」
 みんなが口々に嬉しいことを言ってくれる。
「入院といっても、ただの検査入院ですし……でも心配かけてしまって本当にすみません。こうして元気なので、もう大丈夫です」
 私の挨拶で、歓声があがる。みんな本当にいい人たちだ。
「はい、ヒーローインタビューです。俊郎さん、昨日のご活躍、素晴らしかったですね!」
「え、えぇ……よく覚えてないのですが、とりあえず無事で良かったです」
「花畑が見えたそうですが」
「えっ、あ。そうですね、なかなか綺麗なところでしたよ」
 鎌田君につい乗せられてしまう。が、そろそろ切り上げねば。
「みんな、どうもありがとう。一つお願いなんですが、SNSなどでこの話題はしないでください」
「分かってるって! 稲月君からも念押しされてるし、だから社内で派手にお祝いしてんの!」
 あぁ、そのために昨日わざわざ会社に来たのか。ありがとう、遥……。
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