第63話 遥の言葉

文字数 3,767文字

 「遥! なんで……!」
 なんでこんな……
 
* * * * * * * * * *

 いくつかの機材から、アラートが鳴っている。

「…………消えた?」
 ……口ほどにもない。
 どうせ先に別の人間に見つけられて使われたんだ。
 
 ……多少の餌は食わせてやっていたというのに。
 欲をかいた結果がこれとは……。
 期待させた分、その罪は重くなる。

 無能な者に用はない。
 どこで野垂れ死のうと、あたしには関係ない。

 協力者はまた現れる。
 あたしはまた……瞑想しよう……

* * * * * * * * * *

「くそっ、なんでこんな無駄なことを……うぐっ、ぐ……! んぐぁ……!」
 宗像君のうめき声がして振り返れば、倒れてもがいている。
「宗像君……?」
「んぐっ! んがぁっ……!」
 駆け寄ると、首を押さえて……これがキリカの刑戮だろうか。
「宗像君! 大丈夫ですか?」
「がはっ……!」
「どうしたら……どうすればいいですか?!」
「んぐ……っ」
 激しくもだえる中、かろうじて首を横に振っているのが確認できる。……私ではどうにもならないということだろうか。
 どうにか楽にしてやりたいところだが……でも――
「翔太……!!」
 駆け寄って確認すると、息もしているし鼓動も聞こえる。宗像君の言っていた通り眠っているだけのようだ。
「翔太……よかった……」
 抱きしめると、ちゃんと翔太の匂いも温度も伝わってくる。

 宗像君はまだうめき声をあげてのたうち回っていて、とても演技などには見えない……。
「宗像君、しっかり!」
「……がっ…………ぁ……」
 声をかけても、宗像君は背を丸めて咳き込むような掠れた声を発するだけだった。

 あとは……遥だ。
 柵を越えて……最悪のビジョンが脳裏をかすめる恐怖の中……恐る恐る目を開けた先に……その姿はなかった。
 …………そうか。
 宗像君のあの状況はペナルティだろう。しかし、せっかく捕えて従えた想叶者の彼を殺すだろうか? ……おそらく一定の時間で収まるのではないか? いや、それともあのまま口封じとして……
 ひとまず翔太を抱えて階段を降り、遥のベッドに寝かせた。蛍光灯の下で確認してみれば、血色も良く泣いた後の顔でもない。体にケガらしいものも無く、衣服も目立った汚れがなかった。小野君と同じ現象だろうか……。
「翔太……ごめん……パパがあの時、目を離さなければ……」
 
 遥は幻星の昴をこの世界から自分もろとも消してしまった。行先は幻想世界。あそこならきっと無事でいるだろう。あとはどうやってこの世界に引き戻すか……。
 最後に遥が残した言葉にヒントが絶対あるはずだ。

〝俺を信じて〟
〝俺も信じてる〟

 この状況を作り出すのに遥は宗像君から色々聞きだし、勝算があったからこその行動だ。
 あの会話には他にも何かあるかもしれない……。
 遥が残した言葉の意味――。
 絶対に何かあるはずだ。
 考えろ、考えるんだ……死ぬ気で考えろ!

 あぁ……もしかしたら……!
 翔太はぐっすり眠っているし、仮に目が覚めたとしても遥の部屋なら安心はするだろう。
 翔太を助けてくれた遥君を、今度はパパが助けてくるから……
「夢の中で応援頼むよ」

 もう一度屋上に上がると、宗像君はまだ床に倒れていた。時折呻きながら体を痙攣させている姿は見るに堪えないが……。
 落ちていたナイフを拾い上げると……それはプラスチック製のおもちゃだった。
「宗像君……君は……」
 声をかけてみたが、もう意識はないのか返事はなかった。

 一階に降りると、普段とまるで様相の異なる真っ暗な道路。
 丑三つ時……あたりは静まり返っていて虚無に包まれている気がした。
 遥が落ちてくるとしたらこの辺り……。アスファルトの地面を踏みしめる。
 息を大きく吸い込み、願いを込めてその名を叫んだ。
「遥ぁーーーっ!」
 さぁ……帰ってこい……!

 直後、月光の中に遥の影。
 そのまま真っ逆さまに落ちてくる。
 絶対に受け止める……私は死んでもいい。何としても遥だけは助けなければ。
 ……私は、死んでも構わない!
 あの時と同じようにスローモーションで時が流れる。それは死の間際に見る幻影だろうか。
 ふわりと爽やかとも甘いともいえる不思議な香りが舞う。

「……ナイスキャッチ、俊郎さん」
 私の両手が遥の両足を捕まえている。
「は、ははは……」
「ほら、五センチの差は大きいって言ったじゃん。地面スレスレだよ!」
「……せめてもう少しキャッチし易いように落ちてください」
 足を掴んでいた腕の負荷が軽くなる。
 遥が両手を地についたのを確認して手を離すと、立ち上がって両手をはたいた。
「っと……さすがにちょっとフラつくな」
「大丈夫ですか、どこか痛みは?」
「ありがとう。俺は平気。それより翔太君は?」
「今は遥君の部屋で眠っています。ケガもありません」
「良かった……。宗像さんは……?」
「遥君が飛び降りてから、宗像君は苦しみ出して……今も恐らく倒れていると思います」
「じゃあ、俊郎さんは翔太君のところへ。俺は屋上に行く」
「待ってください、一人で行動しては危ないです。彼はペナルティが発動する、と言いました。苦しみを与えて服従させるための物ならば、いつそれが解除されて動けるようになるかもわかりません。八神さんにも応援を頼みましょう」
「わかった。じゃあ、一旦家へ」
 翔太は小野君と同様に良い夢を見てるかのように気持ち良さそうに寝ていた。これが悪夢を見ているようであれば本当に私もおかしくなっていただろう。

 遥が電話をかけて、寝ていたと思われる八神さんを大声で叩き起こした。かなり寝起きが悪い八神さんに遥が珍しくキレ気味だ。
「いつまで冬眠してんだよ!」
『うるせぇ、人にものを頼む態度か! まったく』
「良いからロープと薬持ってきて!」
 それから間もなく八神さんが車で駆け付けた。

 遥と八神さんは一緒に屋上に上がって行ったのだが、宗像君をどうするのだろうか……。
 翔太に付き添いながら少し休ませてもらおうか……と思っていたら、遥が青い顔をして戻ってきた。
「俊郎さん、ちょっ……交代。八神さんを手伝って……」
 緊張が解けたからか、小刻みに体が震えている。後からくる武者震(むしゃぶる)いかもしれない。
「わかりました。行ってきます」
 宗像君とのやり取りは緊迫していたし、よほど神経をすり減らしただろう。それに、あれだけ無茶をやったばかりだ。私より遥が先に休むべきだ。

 屋上にあがると、ちょうど八神さんが持ってきたロープで宗像君の手首を縛り終えたところだった。
「宗像君は……?」
「気を失ってるだけだ。息はある」
 痙攣は収まっているがグッタリしている……大丈夫だろうか?
 八神さんがランタンで照らすと、吐血したのか顔の半分は血だらけで、首には掻きむしった爪痕と血が付いていた……。
「……これが刑戮の楔だと言ってました」
 宗像君の首を指差すと、八神さんが彼のチョーカーを外す。……いや、外れなかった。
「こいつは酷いなぁ」
 チョーカーの内側から突き出たボールペンほどの太さの楔が数本、首に食い込んでいる。宗像君が人間ならとっくに死んでいるような状態だった。
 とても惨たらしくて見ていられるようなものではない。
「ずいぶん奥深くまで食い込んでいやがるな。俊郎さん……車に運ぶのを手伝ってくれ」
「わかりました」
 八神さんは一人で軽々と宗像君を抱き上げた。私はどうやらドアの開閉要員のようだ。
 エレベーター前の照明で、宗像君の血まみれの姿が(あらわ)になった。コンクリートで擦れた頬や縛られた手首から先も血が付いている……。
「八神さん、少し待ってください。タオルをとってきます」
「あぁ、そうだな」
 遥の家の玄関に置いていたタオルを二~三枚持ちだしてエレベータに乗り込む。首からはまだ鮮血が流れていたので……気休め程度だがタオルで拭いてやった。
 こんな状態の宗像君を病院などに運んだら、事件性を疑われてこちらが通報されかねない案件だ。
「……こいつが想叶者であることがハッキリしたな」
「そう……ですね」
 病院に連れて行くのだろうか。彼が人間ではないことはどう説明するのだろう。
 後部座席に宗像君を寝かせると、八神さんがどこかに連絡を入れている。
「この後、宗像君はどうなるんですか?」
「どうもこうも、聞きたいことが山ほどあるだろう? とりあえず助けてくれそうな奴んとこに連れて行ってくる」
 助ける……? こんな状況でも彼は助かる望みがあるのだろうか?
 スマホをポケットにしまいながら八神さんが言う。
「何とかなりそうだ」
「……宗像君を、どうかよろしくお願いします」
「俊郎さんは、ひとまず翔太君と一緒に休んでください。あと、遥も頼みます。あいつは血を見てビビっちまった……」
 いや、それだけじゃない。おそらく遥は宗像君をこれほどの状態にしたことへの責任を感じているはずだ。
「わかりました。こちらは任せてください」
「それからこれを渡しておく」
 八神さんから受け取ったのは、あの薬だった。
「ありがとうございます!」
「本当に、無茶やらかして……遥には後でたっぷり説教してやる……馬鹿たれが」

 八神さんの車を見送って遥の部屋に戻ると、翔太はまだベッドで眠っていて、その横でベッドに伏せる体勢で遥も熟睡していた。
 とにかく、一安心だ……。
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