第64話 信頼
文字数 3,251文字
三人揃って目が覚めたのは、昼過ぎだった。
途中で何度か翔太のトイレなどで目が覚めたのだが、その都度深い眠りに落ちてしまった。私もクタクタだったのだ。
「パパ、きょうもキラキラさがしいく」
キラキラは……もう勘弁してほしい。
「今日は疲れちゃったからなあ。お休みしたいな」
「はるかくんは?」
遥は……
「ごめん、翔太君……全身痛くて辛い……」
幻想世界から戻った落下の時、受け止められる際の衝撃に備えて身を固くしていた影響で、全身が筋肉痛らしい。
「本当に無茶をして……」
「へへ……」
……とにかく心臓に悪すぎる。
不意に「グゥ」と遥の腹から音が響いた。
「お腹空きましたね。翔太とコンビニ行ってきますが何か食べたいものありますか」
「え、そんな気を遣わないで。俺も一緒に行くから……イテテ」
適当に食事を済ませた後、翔太がゲームに夢中になってる間にしばしの反省会。
「宗像さん……大丈夫かな。結構酷いことになってしまって……」
やはり昨晩の武者震いは、あの惨状に対するショック症状だ。
「宗像君は『身動きがとれなくなって、最悪野垂れ死に』と言っていましたし、遥君も彼の体が動かなくなる程度に思っていたんでしょう?」
「うん……」
「本人もあそこまでのペナルティとは思っていなかったかもしれません。ただ、あのチョーカーの名前の意味を考えると……」
「刑戮か……さっき調べたら死刑って意味なんだね……」
「えぇ……。ですが遥君は自分を責めないように。遥君が言ってたように、宗像君をあんなもので服従させるような人物が幻星の昴を手に入れたら、今頃どうなっていたか……」
「そうだね……」
「それから、宗像君が言っていたキリカという名前……手がかりになりますね」
「うん……それにキリカの事を「あの女」って言っていた」
遥が自身の左耳のピアスを触る。
「あの刑戮の楔は……違法の錬金術だ。行動を強制することはまだしも、あれほどの殺傷能力を付けるなんて……」
遥はその強制力をよくわかっているのだろう。
「あの残忍性……縁切りの招き猫の作者とイメージが被る」
「残忍性、錬金術、女性とくれば、どうしてもそこに行きつきますね」
あんなことをする人物が二人以上いるとは考えたくない。
しかし……宗像君はどうなってしまうだろうか。
居場所ができたと、安心していたところだったのに……。
宗像君の今後を考えて、急に現実に引き戻される。
想叶者の罰則は厳しいと言うし、退職は免れないかもしれない……。
「あぁ……もしかして、またデザイン部の求人面接地獄が……」
「ダメ! 俊郎さん今は……それは考えないようにしよう!」
……そうだ、今は宗像君がまた元気な姿で仕事に励む姿を考えていたい。
面接地獄が嫌だからではない。予算のことでもない。
彼を脅かすものが去ったなら、みんなと一緒に夢を追いかけて欲しいのだ。
「そういえば、宗像君が願想の結実のことまで知っていたのは驚きでした。彼は一体どこまで我々の事を知ってるんでしょうね」
遥はちょっと気まずそうな顔だが……?
「実はさ……願想の結実って本当は別のものの名前なんだ」
「別のもの?」
「あれを作って俊郎さんに説明したとき、まだ名前考えてなくって……。願いと想いから人工的に作ったから、名前を拝借しちゃったんだ」
なるほど……。
「本来の願想の結実は、土壌や水に蓄積された願いや想いを植物が吸い上げて、それが増幅されて実となって現れるものの事を言うんだ」
「……では、宗像君はその本来の願想の結実のことだと思ったんですね」
「うん。……あと、俊郎さんが願想の結実を取り出した時のこと覚えてる? 宗像さんが『俊郎さん、やっぱり』って言ってたの……」
あぁ、それは私も気になっていた。何が「やっぱり」なのだろう。
「……本物の願想の結実があの大きさなら、幻星の昴のように触れた者が想叶者になるくらいの力はあるから、それで……」
「……身に着けていた私の事を想叶者だと確信したということでしょうか」
「うん……おそらく」
やはり、宗像君には色々確認しなくてはならないことが多い。
遥が大きく深呼吸をした後、金色の目を細めてようやくいつもの優しい顔になった。
「俊郎さん、俺が言った事……理解してくれてありがとう」
「本当に無茶苦茶で無謀な行為でしたよ……。落ちて行った時は本当に心臓が止まるかと思いました……」
「実は……俺もすっげー怖かった」
無事に帰ってきたから良いものの、この馬鹿たれが……。
「遥君は私の夢企画のカードを見ていましたし、そこにヒントがあるんだろうと思ったんです」
……私はカードに「会社をもっと成長させたい」という一文を記していた。
「俊郎さんが、俺がいて助かってるって言ってくれてたからね」
現状は遥がいなければ私の仕事が回らない。遥がいなくなってしまうと私は体調を崩し、会社を成長させたいという願いが潰えてしまう可能性がある。
つまり私の願いは遥が必要不可欠だと言える。
「遥君のおばあちゃんの願い事が遥君の帰還のために使えるなら、願いの解釈によっては所持者に効果をもたらせるものなのかと、七夕の日に思ったんです」
「やっぱり俊郎さんは幻想錬金術の理解が早いなあ!」
それは、遥が私に見せてくれた奇跡の数々による賜物だ。
「遥君が私を信じている、と言ってくれたのも大きなヒントになりましたよ」
幻想世界から呼び戻された遥が、上空から落ちてくる時に少しでも「怖い」と思えば願想の結実が危険を察知して、また幻想世界へと移動してしまう。もう一度呼び戻すのは可能かもしれないが、それだと落下距離が短くなりタイミングが計れず、受け止めに失敗してしまうかもしれなかった。
「欲を言えば、真っ逆さまじゃない落ち方が良かったですね……」
「色んな意味で信じてたから!」
「それに……あの謎の怪力も利用させるなんて……」
死を選択する時に湧き上がるあの力……。初めてのことだったがもう二度と使いたくない。
「イチかバチか、ってやつ」
「……ずいぶん危険な賭けに乗ってしまいました」
「でも本当にすっごい怪力だね」
遥がズボンの裾を上げると、足首には私の手形がくっきり残っていた。
「痛みますか?」
「ううん、平気!」
あの怪力が発動したということは、私にはまだ縁切りの招き猫の影響が残っているということで間違いない。……これは一体いつまで続くのだろう。
でも……今だけは互いの無事を祝おうか。
「遥君を……転落死させずに済みました」
あのトラウマは一生解消することは出来ないと思うが、それでも遥を助けることが出来たのならこの怪力に感謝すべきだろう。
「うん、ありがとう。俊郎さん!」
また翔太が昼寝をする前に、私たち親子は家路についた。
祥子さんとの約束を守るために、今度は家まで手を繋いで。
「パパ、ゆめとくんがね、カラスとねずみのうた、うたってくれたよ」
「あの歌を?」
「うん。はるかくんとおんなじうた」
ほら ねずみさん
おいしいもの たべにいこう
すてきなけしきも みせてあげる
そのゆめ かなえにいこう
はれのひ あめのひ かぜのひ ながいよる
きっとあしたも すてきなひ
おなじゆめみて とんでいこう
有名な歌なのだろうか……?
「夢人君は優しかった?」
「うん!」
彼の想いを知ることはできるだろうか。
「こんどは、ゆめとくんもいっしょにおべんとたべたいな!」
「……そうだね」
私は翔太の手をしっかりと握り直した。
* * * * *
月曜日の早朝、枕元のスマホが震えた。相手は八神さんだ。
『俊郎さん、朝っぱらからすまん。宗像氏の目が覚めたんだが……』
「本当ですか?」
……あれっきり連絡もなかったからどうなったかと思っていたのだが、目が覚めて本当に良かった。
『あぁ、俊郎さんを呼んでくれって言ってるんだが……どうする?』
「もう話ができるんですか……?」
『ピンピンしてる、とは言えないが……俊郎さんと二人きりで話をしたいって言ってる』
「そうですか、わかりました」
途中で何度か翔太のトイレなどで目が覚めたのだが、その都度深い眠りに落ちてしまった。私もクタクタだったのだ。
「パパ、きょうもキラキラさがしいく」
キラキラは……もう勘弁してほしい。
「今日は疲れちゃったからなあ。お休みしたいな」
「はるかくんは?」
遥は……
「ごめん、翔太君……全身痛くて辛い……」
幻想世界から戻った落下の時、受け止められる際の衝撃に備えて身を固くしていた影響で、全身が筋肉痛らしい。
「本当に無茶をして……」
「へへ……」
……とにかく心臓に悪すぎる。
不意に「グゥ」と遥の腹から音が響いた。
「お腹空きましたね。翔太とコンビニ行ってきますが何か食べたいものありますか」
「え、そんな気を遣わないで。俺も一緒に行くから……イテテ」
適当に食事を済ませた後、翔太がゲームに夢中になってる間にしばしの反省会。
「宗像さん……大丈夫かな。結構酷いことになってしまって……」
やはり昨晩の武者震いは、あの惨状に対するショック症状だ。
「宗像君は『身動きがとれなくなって、最悪野垂れ死に』と言っていましたし、遥君も彼の体が動かなくなる程度に思っていたんでしょう?」
「うん……」
「本人もあそこまでのペナルティとは思っていなかったかもしれません。ただ、あのチョーカーの名前の意味を考えると……」
「刑戮か……さっき調べたら死刑って意味なんだね……」
「えぇ……。ですが遥君は自分を責めないように。遥君が言ってたように、宗像君をあんなもので服従させるような人物が幻星の昴を手に入れたら、今頃どうなっていたか……」
「そうだね……」
「それから、宗像君が言っていたキリカという名前……手がかりになりますね」
「うん……それにキリカの事を「あの女」って言っていた」
遥が自身の左耳のピアスを触る。
「あの刑戮の楔は……違法の錬金術だ。行動を強制することはまだしも、あれほどの殺傷能力を付けるなんて……」
遥はその強制力をよくわかっているのだろう。
「あの残忍性……縁切りの招き猫の作者とイメージが被る」
「残忍性、錬金術、女性とくれば、どうしてもそこに行きつきますね」
あんなことをする人物が二人以上いるとは考えたくない。
しかし……宗像君はどうなってしまうだろうか。
居場所ができたと、安心していたところだったのに……。
宗像君の今後を考えて、急に現実に引き戻される。
想叶者の罰則は厳しいと言うし、退職は免れないかもしれない……。
「あぁ……もしかして、またデザイン部の求人面接地獄が……」
「ダメ! 俊郎さん今は……それは考えないようにしよう!」
……そうだ、今は宗像君がまた元気な姿で仕事に励む姿を考えていたい。
面接地獄が嫌だからではない。予算のことでもない。
彼を脅かすものが去ったなら、みんなと一緒に夢を追いかけて欲しいのだ。
「そういえば、宗像君が願想の結実のことまで知っていたのは驚きでした。彼は一体どこまで我々の事を知ってるんでしょうね」
遥はちょっと気まずそうな顔だが……?
「実はさ……願想の結実って本当は別のものの名前なんだ」
「別のもの?」
「あれを作って俊郎さんに説明したとき、まだ名前考えてなくって……。願いと想いから人工的に作ったから、名前を拝借しちゃったんだ」
なるほど……。
「本来の願想の結実は、土壌や水に蓄積された願いや想いを植物が吸い上げて、それが増幅されて実となって現れるものの事を言うんだ」
「……では、宗像君はその本来の願想の結実のことだと思ったんですね」
「うん。……あと、俊郎さんが願想の結実を取り出した時のこと覚えてる? 宗像さんが『俊郎さん、やっぱり』って言ってたの……」
あぁ、それは私も気になっていた。何が「やっぱり」なのだろう。
「……本物の願想の結実があの大きさなら、幻星の昴のように触れた者が想叶者になるくらいの力はあるから、それで……」
「……身に着けていた私の事を想叶者だと確信したということでしょうか」
「うん……おそらく」
やはり、宗像君には色々確認しなくてはならないことが多い。
遥が大きく深呼吸をした後、金色の目を細めてようやくいつもの優しい顔になった。
「俊郎さん、俺が言った事……理解してくれてありがとう」
「本当に無茶苦茶で無謀な行為でしたよ……。落ちて行った時は本当に心臓が止まるかと思いました……」
「実は……俺もすっげー怖かった」
無事に帰ってきたから良いものの、この馬鹿たれが……。
「遥君は私の夢企画のカードを見ていましたし、そこにヒントがあるんだろうと思ったんです」
……私はカードに「会社をもっと成長させたい」という一文を記していた。
「俊郎さんが、俺がいて助かってるって言ってくれてたからね」
現状は遥がいなければ私の仕事が回らない。遥がいなくなってしまうと私は体調を崩し、会社を成長させたいという願いが潰えてしまう可能性がある。
つまり私の願いは遥が必要不可欠だと言える。
「遥君のおばあちゃんの願い事が遥君の帰還のために使えるなら、願いの解釈によっては所持者に効果をもたらせるものなのかと、七夕の日に思ったんです」
「やっぱり俊郎さんは幻想錬金術の理解が早いなあ!」
それは、遥が私に見せてくれた奇跡の数々による賜物だ。
「遥君が私を信じている、と言ってくれたのも大きなヒントになりましたよ」
幻想世界から呼び戻された遥が、上空から落ちてくる時に少しでも「怖い」と思えば願想の結実が危険を察知して、また幻想世界へと移動してしまう。もう一度呼び戻すのは可能かもしれないが、それだと落下距離が短くなりタイミングが計れず、受け止めに失敗してしまうかもしれなかった。
「欲を言えば、真っ逆さまじゃない落ち方が良かったですね……」
「色んな意味で信じてたから!」
「それに……あの謎の怪力も利用させるなんて……」
死を選択する時に湧き上がるあの力……。初めてのことだったがもう二度と使いたくない。
「イチかバチか、ってやつ」
「……ずいぶん危険な賭けに乗ってしまいました」
「でも本当にすっごい怪力だね」
遥がズボンの裾を上げると、足首には私の手形がくっきり残っていた。
「痛みますか?」
「ううん、平気!」
あの怪力が発動したということは、私にはまだ縁切りの招き猫の影響が残っているということで間違いない。……これは一体いつまで続くのだろう。
でも……今だけは互いの無事を祝おうか。
「遥君を……転落死させずに済みました」
あのトラウマは一生解消することは出来ないと思うが、それでも遥を助けることが出来たのならこの怪力に感謝すべきだろう。
「うん、ありがとう。俊郎さん!」
また翔太が昼寝をする前に、私たち親子は家路についた。
祥子さんとの約束を守るために、今度は家まで手を繋いで。
「パパ、ゆめとくんがね、カラスとねずみのうた、うたってくれたよ」
「あの歌を?」
「うん。はるかくんとおんなじうた」
ほら ねずみさん
おいしいもの たべにいこう
すてきなけしきも みせてあげる
そのゆめ かなえにいこう
はれのひ あめのひ かぜのひ ながいよる
きっとあしたも すてきなひ
おなじゆめみて とんでいこう
有名な歌なのだろうか……?
「夢人君は優しかった?」
「うん!」
彼の想いを知ることはできるだろうか。
「こんどは、ゆめとくんもいっしょにおべんとたべたいな!」
「……そうだね」
私は翔太の手をしっかりと握り直した。
* * * * *
月曜日の早朝、枕元のスマホが震えた。相手は八神さんだ。
『俊郎さん、朝っぱらからすまん。宗像氏の目が覚めたんだが……』
「本当ですか?」
……あれっきり連絡もなかったからどうなったかと思っていたのだが、目が覚めて本当に良かった。
『あぁ、俊郎さんを呼んでくれって言ってるんだが……どうする?』
「もう話ができるんですか……?」
『ピンピンしてる、とは言えないが……俊郎さんと二人きりで話をしたいって言ってる』
「そうですか、わかりました」