第50話 不安な眠り

文字数 3,106文字

 本当に小野君の身に一体何が起きたのだろう……。
 人事部に戻ると扉はきちんと施錠された状態で、遥が給与明細のデータを作っていた。
「戻りました」
「おかえりなさい!」
「遥君、お疲れ様です。もうすぐお昼ですし、よかったら」
「俊郎さん、今日も俺の家で食べよ。小野さんの事と招き猫って関連あるし、現場であるここで話すのがなんか怖いや」
「……そうですね。そうしましょう」
 メールを確認すれば、藤田君からは詳細が分かり次第続報を送って欲しいということだった。ひとまず小野君のことは今は鎌田君に任せておこう。何かあればスマホに連絡が来るはずだ。

 私が電子レンジを借りている間、遥は素麵を茹でながら話を始めた。
「俊郎さんが出かけた後、考えていたんだけど……小野さんって吉崎さんからあの招き猫の『願い事』のターゲットにされてたじゃん」
「えぇ、私も同じことを考えてました」
「でも、あの招き猫はもう中身が空っぽだから、持っていたとしても特に何かが起こるわけではないんだよなぁ」
「でも、あの招き猫を持っていることが何らかの形で知られてしまって、あの女性から狙われたって可能性も……あ、ふきこぼれますよ」
「おっと、あぶね」
「それに、招き猫が持ち出されたのは、あの日この屋上で遥君が詠んだ時だけですね」
「そうなんだよね。完全に俺たちの手を離れてあの部屋から出たことは無かったんだよなぁ」
 あの招き猫の真相を追うのを止めた矢先に、今度は招き猫の方から不可解な事件を持ち込んできた気がする。いや、私たちが招かれてるかのようだ。
「こっちが追うのを止めようと思ったところなのに……」
「遥君もやっぱりそう思いますか」
「うん。……はい、できた!」
 出来上がった素麺は結構な量で……まさかと思うがこれ一人で食べるの?
「……俊郎さんも食べてね。はい、麺つゆ」
「あぁ、どうも。では少し頂きます。じゃあこのミートボールどうぞ」
「お、やったー!」
 若者が素麺だけで大丈夫だろうかと思ってたら、横に積まれたツナ缶を入れて食べ始めた。
「小野さん、御苑の新宿門近くで倒れてたんだよね?」
「えぇ……でも倒れていたというより、寝ていたというのが正しいかもしれません」
「……なんで?」
「争った形跡も外傷もないので、自ら横になって寝ていたと考えらてれるんです」
 なので、事件性が極めて低いため警察は出番がないとしてお引き取りとなったそうだ。
「え、じゃあ酔っぱらってたとかは?」
「いえ、小野君はお酒でつぶれるタイプじゃないんですよ。警察も、小野君は酔って荷物をどこかに置き忘れて玄関と間違えた場所で寝ていたという見解だったそうで……。小野君は藤田君と真逆で酒には社内で一、二を争う酒豪です。酔いつぶれて寝るなんて想像できないんです」
 もし仮にそうだったとしても、あの小野君が泥酔するくらい飲んでいたなら呼気でアルコールが検出されるんじゃないだろうか。
「小野さんってお酒強いんだ」
「えぇ。ですが、荷物については眠った後に盗まれた可能性もあるので、あとで遺失物とか盗難届を出してもらうようになると思います」
 せめて鞄が見つかれば何かの手がかりにはなるかもしれないのだが……。
「……招き猫もどこに行っちゃったんだろう」
「招き猫の、いえ……あの女性の本当のターゲットが、実は小野君だったなんてことは……」
「え、持ち主の吉崎さんじゃないってこと?」
「今回の小野君の件は、招き猫が消えたタイミングから考えるとどうしてもそう考えてしまうんですよ」
 遥が険しい顔になってしまった。
「そうなると……俺は『持ち主を死へと誘う』って噂を信じすぎてて、最初から見当違いな動きをしてたってことになっちゃうな」
「いえ、私も根拠があって言ってるわけではありません。実際は私も屋上から飛び降りようとしていましたし、シオリさんも駅で……。そんなに思い詰めないでください」
 それに最初は吉崎さんが体調を崩した。
「うーん……」
 唸りながら二缶目のツナ缶を開けた。
「ターゲットになった人がその後どうなったかって噂も調べてみるか……」
「それと、仕事が終わったら新宿門まで行ってみましょうか」
「うん、そうしよう」
 結局大量の素麺のほとんどは、ツナ缶三個と共に遥の胃に消えていった。
「俊郎さん、これ以上考えても答えは出ないし、俺とゲームしよ」
「えっ? 今から?」
「ちょっとだよ。それに本当に遊ぶんじゃなくて、こないだのデザイン部の人と出くわした時の嘘がバレないようにするだけ」
 あぁ、そういう……。
「わかりました。では」

「遥君……君は」
「……意外にもゲームが下手ですね、って言いたいんでしょ」
「えぇ……」
「一応ゲーム機繋いであるけどさぁ、あんまり遊ぶ時間ないんだもん。だから今度翔太君連れて来てよー」
 大の字にひっくり返っている。なんだこの駄々っ子は……
「まさか四歳児に本気で勝負を挑もうなどと……」
「俺だって四歳児だもん」
「さすがに無理がありますよ。さぁ会社に戻りましょう」
 重くなっていた空気が少し軽くなった気がする。
 口裏を合わせて誤魔化すためにゲームはしたものの、今日は小野君の件もあるので誰にも鉢合わせないように、遥とも時間をずらして会社には戻ったのは少し早めの十二時四十五分。
 まだオフィスは閑散としていて、社内で昼食をとった人たちが休憩スペースで談笑をしていた。

「おーい、俊郎さーん!」
 休憩スペースから声をかけてきたのは丸園さんだった。
 手招きしていたので行ってみたら、岩本さんと宗像君と一緒にお弁当を食べていたようだ。
「食後のおやつにどうぞ!」
 ガサガサとチョコレートの大袋に手を突っ込んだ。
「あぁ、ありがとう」
「遥君にも持って行ってあげてください!」
 そう言って、個包装されたチョコを二つかみ。
「宗像君、少しは慣れましたか?」
「えぇ。皆さん、とても優しいです」
 うん、良い笑顔だ。
「で、小野さん大丈夫なんです? なんか最近病院沙汰多いですねー」
「そうですね、皆さんも気を付けて」
「俊郎さんはともかく、遥君も救急車呼んだ時は意識なかったし、なんだったんですかねー?」
 まだ記憶に新しいから、やはり話題になってしまう。
「遥君は試験勉強で過労だって言ってたじゃん」
「あ、そうだった!」
 ちょっと冷汗がでてしまった……。ナイス岩本さん。
「俊郎さんも何かあったんですか? お体の方は大丈夫なんです?」
「わー、夢人さん優しい~!」
「え、やや優しいなんてことは……」
「私は大したことなかったですから、この通り元気ですよ。では」
 あの事件は世間でも騒がれてしまったし、顔は出ていないとは言え、もう社内でもあの話題には触れないで欲しい。
 ……シオリさんを助けた日のことは何かのきっかけで宗像君にも知れてしまうかもしれないが、それはあくまでみんなが知っている範囲内の事だし、大丈夫だろう。

 休憩スペースの話を切り上げて人事部に戻ろうとすると、ちょうど遥と鎌田君が通用口から入ってくるところだった。
 そのまま鎌田君を人事部に呼んで話を聞くことにした。
「小野君、めっちゃ気持ち良さそうに寝てるんだよ。良い夢でも見てそうなくらい」
 良い夢か……。吉崎さんを出演させたりしてるのだろうか。
「本人に面会できたんですね」
「眠ってるから面会って言って良いのか分からないけどさ。それと、藤田さんには俺から報告しておくから、俊郎さんは自分の仕事してて大丈夫だよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「それじゃあね。俺が居ない間の対応、サンキュー!」

 そして入れ違いに入ってきたのは宗像君だった。
「あの……これを拾ったので届けにきました」
「え?」
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