第69話 選んだ道の行方

文字数 2,703文字

「あ、そうだ。宗像さんの刑戮の楔が発動した件について、稲月君と加賀美さんに詳しくお聞ききしたかったんですが、話してもらって良いですか?」
「え……。それは」
 遥がチラリと八神さんを見ると、顎で「話せ」と促した。
「えっと……その……幻星の昴と、俊郎さんの願想の結実を持って……ビルの屋上から飛び降り……た」
「あ?」
 てっきり八神さんには報告したもんだと思っていたが。
「そうそう、その後。何が起きたんです?」
「それで……あの……願想の結実が作動して……その……」
「稲月君、どうして飛び降りて無事なの? 願想の結実って何のこと?」
 あぁ、そこから説明する必要があるのか。
「遥君が、私の願い事と夜の闇の想叶者の想いから作ってくれた危険回避のお守りです。私も以前に縁切りの招き猫の影響を受けた女の子に、駅のホームから振り落とされた時に電車に轢かれずに済んだんです」

 直後、ダンッ! という大きな音。八神さんが大きな握りこぶしを震わせている……。
 八神さんが立ち上がって腕を伸ばし、遥の胸ぐらを掴みながら私にもその咆哮を響かせる。
「お前ら! 十分危険な目に遭ってんじゃねえか!」
 橘先生は両手で耳を塞いで難を逃れたようだが、本当に全身に響く恐ろしい咆哮だった。
「もう、Tシャツ伸びちゃうから離してよ!」
 言いながら遥は八神さんの手首を掴む。
「遥……!」
「八神、その辺にしといて。うるさいから」
 不満げに遥のTシャツを離すも、すでにしわくちゃ……。
「あーあ、お気に入りのシャツなのに……!」
 一方の遥も不満げにシャツの胸元をはたいてシワを伸ばしている。
「それで、一体何が起きたんです?」
「俺が作った願想の結実は、持ち主の危機を感知すると……その……げ、幻想世界へ逃げることができて……それで……そこに幻星の昴を置いてきました」
 橘先生は俄かには信じがたい、と目をぱちくりしている。
「幻星の昴がこの世界から消えたために、キリカの刑戮が発動した、ということかと」
「……そういうことだったんですね。宗像さんもどうして幻星の昴が消えたのかが分からないと言ってたので」
 遥の話をレポート用紙にサラサラと書き綴っている。
「橘、今の話は……」
「ん、弁護士には守秘義務があるので、今の稲月君の話は絶対に他言はしないから安心していいですよ。もちろん宗像さんにも言いません」
「んで、飛び降りたお前がどうしてピンピンしてるんだ? あれは元の場所に戻るって言ってたよな」
「えぇ……と、その……あの……」
 ……またあの咆哮が響くだろうか。
「言えないことか?」
 こういう時の八神さんは眼光も鋭く、とても怖い。

 意を決して、私が遥を帰還させて受け止めた経緯を話し終えると、素早く橘先生が八神さんの背後に回り込んで口を塞いだ。
「……ッ!」 
「はいはい、(クマ)ちゃんは静かにしようね。迷惑だからね」
 橘先生の手を振りほどいた八神さんは頭を抱えてしまった。
「……お前ら本当に何やってんだよもう……」
「えっと……すみません。ちゃんと説明するべきでしたね」
 どちらにしても怒鳴られていたとは思うので、止めてくれる橘先生の前で話して良かったと思う。

「あーーーっ!!」
 直後に八神さんの大音量の叫び声。これにはさすがに全員が不意打ちを食らった。
「八神さんうるさいって!」
 橘先生は真横から直撃したので右耳を抑えて顔をしかめている。
「俊郎さん、死を意識した上での行動で怪力が発動したんだったら、縁切りの招き猫はそうやって想叶者を作り出すものかもしれんぞ」
 想叶者を……作り出す?
「え? どういう事?」
「……遥、紹介して欲しいと言ってた錬金術師に会わせてやる。縁切りの招き猫を解析してもらえばまだ打つ手はあるかもしれん」
「ほんと? いつ?」
「そいつの予定を確認したら連絡する」
「わかった」
 ようやく……あの招き猫の機構が解るかもしれない。私やシオリさんの身に起こっていることも。
「どのみち警察から捜査の協力要請が行ってるだろうがな」
「警察と言えば、加賀美さんには何か連絡はありましたか」
「えぇ。ここに来る前に警察の幻想課から電話がありました。明日の午後事情聴取に行くことになっています」
 私の証言……翔太が「夢人君とまた遊びたい」と話している事も含めて説明すれば、きっと大丈夫だと信じよう。
「……警察にそんな部署があるって知ってたら……」
 項垂(うなだ)れて遥が呟いた……。
「遥君……」
「縁切りの招き猫が無くなった時に通報して……警察が動いてキリカを逮捕してたら……宗像さんはあんなことにならずに刑戮の楔から解放されていたかもしれないね……」
 掠れた声で絞り出した遥の言葉に、胸が締め付けられる。
 宗像君のあの無惨な姿は衝撃的だったし、あの日以来、遥はまだ宗像君と話せていない。今日の電話、代わってやれば良かった……。
「錬金術に関わる者たちは、過去の事件の捜査や取り調べで、警察の幻想課に関わりたくない者が多いそうなんです」
 八神さんは気まずそうに眼を逸らした。八神さんもその一人だから縁切りの招き猫の事を追うなと言ったのだろうか。
「でも……もっと早くに警察に話してたら、俊郎さんだって……」
「稲月君、世間の一般常識で言えば都市伝説というだけで警察に届け出るという選択肢は無くて当然ですよ」
 と、橘先生は優しく微笑んだ。この人は表情の使い方が本当に上手な人のようだ。
「……オカルトっぽい作り話と受け取られて真面目にとりあってもらえないかもと、私もそう思いました」
 そもそも警察に幻想課なんてものが存在するなんて。
「警察の幻想課の存在は、普通の生活をしてる者なら知らなくて当然ですよ。それに錬金術界隈のことも本来は一般人に知られたくない事案です。……稲月君に関しては〝幻想〟であることもですよね?」
 もし、速やかに通報していたら、遥の言う通り宗像君をあそこまで苦しめずにキリカから解放できていたのかもしれないが……警察に説明するには、遥の詠みの力を明かすのが必須条件だ。
「キリカは残忍性のある人物ですから、警察がキリカに辿り着いた時に……口封じのために刑戮を発動させていた可能性が高いです。タイミングが悪ければ宗像さんはその場で倒れて、適切な処置もなく死んでいたかもしれません」
「では……」
「えぇ。彼が刑戮の楔から解放され、適切な処置を受けられたのは稲月君と加賀美さんと八神のお陰ですよ」
「そっか……そうだといいな……」
「宗像さんは、稲月君は無事なのか、と案じていました」
 遥はようやく穏やかに微笑み、目を伏せる。
 向かいに座る八神さんは、そんな遥をいたわるような眼差しで見つめていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み