9、中二が見る夢なんてしょせん
文字数 1,383文字
思えば、この町へ来てから「あれはするな、これはするな、その代わりこれをしろ」と指示される機会が多かった。もはや脅しなのではとすら思う。
落ち着いて考えると、裏生徒会のメンバー、黄賀エリカ、父からの苦言には共通点がある。身を護るためだの、何かしら不利な立場に立たされやすいだの、余所者は歓迎されていないだの。まるで明日にでも、芽八市の住民から訴えられる怖れがあるかのように。
深いため息が出た。転校する前の環境がいかに自由だったのかを思い知る。こんな時、大人たちは鬱憤を晴らすために酒を飲むだろう。だが、十三歳の男子は、どうストレスを追いやるのが正解なのか?テレビゲーム?カラオケ?スポーツ?やはり散歩しかない。それも、朝の散歩が良い。おじいちゃん趣味だと言われたっていい。金がかからないのに心がスッキリする。これほど素敵なものはない。
思い立ったが吉日。携帯を見れば、まだ午後十時を過ぎたところだったが、ベッドに潜り込んでアラームを午前四時にセット。お腹にタオルケットをのせてクーラーをかけたまま目を閉じた。
久しぶりに夢を見た。
男子中学生の妄想もここまでくると情けないが、妙にリアルなものだった。
銀色の瞳を持つ少女と、包帯を巻いてあげた工藤乃瑛琉が現れた。神社の本殿で、ふたりは親密に話をしている様子を僕は木陰からのぞき見していた。
猛烈な『渇き』を覚える。喉の渇きではない。もっと、全身の毛穴が潤いを欲していた。
「わあああ、わうあ、あああ」
夢の中でも彼女は意味不明な言葉を発していた。ただ違うのは、現実よりもずっと鮮やかな銀髪だったこと。
蒼白な顔で畳の上に突っ伏してしまうと、銀色の瞳を持つ少女は彼女の頭に手を置いた。手品でも見ているのかと思った。銀色の瞳を持つ少女の指先はまるで磁石の如く、工藤乃瑛琉の髪を引き離していくのだ。それも、白い部分のみ。黒い髪の毛は指先にまったく反応していない。
「毎日服用しなければならない薬を、どうして一週間も服んでいないの?」
人を心から安堵させるような声。その質問に、工藤乃瑛琉はやっとの思いで顔を上げた。しかし、上半身はべったりと畳の上についていた。
「お母さんが、お母さんが、くれない。また薬代を、男に貢いだ……」
「ああ、可哀そうなノエル」
「姫様、どうか。どうか…あああ。うああああ」
突如、あらぬことに、工藤乃瑛琉は勢いよく起き上がって銀色の瞳の少女、姫様の首を両手で絞めた。
「役に立てない。役に立てない。姫様には申し訳ない」
さらに首を強く締める。言葉と行動が完全に乖離していた。それでも姫様の顔には余裕があった。
「毎日、神社の掃除をしているのを知っている。髪の毛があれば、十分。辛い時はまた私を呼べば良いのよ、ノエル」
落ち着いた表情でその手を離した。困惑した顔の工藤乃瑛琉をじっと見てから、不意に口づけした。
ただのキスではない。口から口へと薬が運ばれた。工藤乃瑛琉の喉が流動する動きを見せた。
その後、天女のように波打つ浴衣姿の姫様は本殿の奥にすっと消えた。
静かにまぶたを開くとほぼ同じタイミングに、四時にセットしたアラームが鳴った。
夢診断をすると、どんな結果が出るのだろう。
「女帝は二人いるのか……」
すぐに首を振った。
落ち着いて考えると、裏生徒会のメンバー、黄賀エリカ、父からの苦言には共通点がある。身を護るためだの、何かしら不利な立場に立たされやすいだの、余所者は歓迎されていないだの。まるで明日にでも、芽八市の住民から訴えられる怖れがあるかのように。
深いため息が出た。転校する前の環境がいかに自由だったのかを思い知る。こんな時、大人たちは鬱憤を晴らすために酒を飲むだろう。だが、十三歳の男子は、どうストレスを追いやるのが正解なのか?テレビゲーム?カラオケ?スポーツ?やはり散歩しかない。それも、朝の散歩が良い。おじいちゃん趣味だと言われたっていい。金がかからないのに心がスッキリする。これほど素敵なものはない。
思い立ったが吉日。携帯を見れば、まだ午後十時を過ぎたところだったが、ベッドに潜り込んでアラームを午前四時にセット。お腹にタオルケットをのせてクーラーをかけたまま目を閉じた。
久しぶりに夢を見た。
男子中学生の妄想もここまでくると情けないが、妙にリアルなものだった。
銀色の瞳を持つ少女と、包帯を巻いてあげた工藤乃瑛琉が現れた。神社の本殿で、ふたりは親密に話をしている様子を僕は木陰からのぞき見していた。
猛烈な『渇き』を覚える。喉の渇きではない。もっと、全身の毛穴が潤いを欲していた。
「わあああ、わうあ、あああ」
夢の中でも彼女は意味不明な言葉を発していた。ただ違うのは、現実よりもずっと鮮やかな銀髪だったこと。
蒼白な顔で畳の上に突っ伏してしまうと、銀色の瞳を持つ少女は彼女の頭に手を置いた。手品でも見ているのかと思った。銀色の瞳を持つ少女の指先はまるで磁石の如く、工藤乃瑛琉の髪を引き離していくのだ。それも、白い部分のみ。黒い髪の毛は指先にまったく反応していない。
「毎日服用しなければならない薬を、どうして一週間も服んでいないの?」
人を心から安堵させるような声。その質問に、工藤乃瑛琉はやっとの思いで顔を上げた。しかし、上半身はべったりと畳の上についていた。
「お母さんが、お母さんが、くれない。また薬代を、男に貢いだ……」
「ああ、可哀そうなノエル」
「姫様、どうか。どうか…あああ。うああああ」
突如、あらぬことに、工藤乃瑛琉は勢いよく起き上がって銀色の瞳の少女、姫様の首を両手で絞めた。
「役に立てない。役に立てない。姫様には申し訳ない」
さらに首を強く締める。言葉と行動が完全に乖離していた。それでも姫様の顔には余裕があった。
「毎日、神社の掃除をしているのを知っている。髪の毛があれば、十分。辛い時はまた私を呼べば良いのよ、ノエル」
落ち着いた表情でその手を離した。困惑した顔の工藤乃瑛琉をじっと見てから、不意に口づけした。
ただのキスではない。口から口へと薬が運ばれた。工藤乃瑛琉の喉が流動する動きを見せた。
その後、天女のように波打つ浴衣姿の姫様は本殿の奥にすっと消えた。
静かにまぶたを開くとほぼ同じタイミングに、四時にセットしたアラームが鳴った。
夢診断をすると、どんな結果が出るのだろう。
「女帝は二人いるのか……」
すぐに首を振った。