25、14年前の夏、帝王貝細工と。その1
文字数 1,765文字
14年前の2004年。夏。
あの夜のことは、昨日のことのようにまざまざと思い出すことができる。
親友の道隆が、『帝王貝細工』を襲名して一年半が過ぎた頃、彼から電話がかかってきた。
扇風機を拭いていたアザミに代わって電話に出た。
「どうした、こんな時間に」
ふと見上げた壁時計は、まもなく日付を変えようとしている。
「実は、樹に聞いてもらいたいことがあるんだ」
声の調子から込み入った話になるとは予想できた。
「……悪いんだが、自分の部屋に移動できないか」
「わかった」
家の電話を抱えて隣の部屋まで運び、ドアを閉めた。
アザミは細かいことを気にしない性格なのでこういう時、本当に助かる。
「で、何があった?」
「実は……」
高校時代から気心の知れた間柄でもよほど打ち明けにくい内容なのだろう。電話の向こうで決めかねている様子なのが伝わってくる。
「話せることから話せば良い」
「ありがとう」
道隆改め帝王貝細工はいつも通りハスキーな声で言った。
「私が女蜂神をお祀りしている女蜂神社の由来を、樹も知っているだろう」
「ああ、もう大学の時に耳にタコができるくらい聞いたよ。500年前、大地震に見舞われる前に現れた少女がその大地震を予言したっていう」
「ああ。当時、領主争いで負けた日向権之助が少女の夢を見たことで、彼女の警告を信じて住民らに避難を呼びかけた。そのおかげで死者0人という奇跡を呼んだ。しかし、その土地で権力を掌握していた武将近藤林太郎がこれを良く思わない。結果、日向権之助は殺害され少女は行方知らずとなった」
話の肝が見えてこないので「フィクションだったか?」と思わず茶化してしまった。
「違う。樹、聞いて驚くな。初めに言っておくが、私の頭は正常だし、いたってしらふだからな。この話はフィクションどころか、その当時の少女が2004年7月20日つまり、昨夜私の前に姿を見せたのだ」
答えに詰まってしまった。
「いくらなんでもそれはないだろう。念のため質問するが、少女は何と名乗っているんだ?」
「自分は美星だと」
「ミホシ?」
「ああ。この名前は公にされていない。それどころか、代々帝王貝細工を襲名した者だけが知ることのできる名前だ」
「彼女は、何者だ?」
電話の受話器を持つ手を変え、それを耳に強く押し当てた。
「予言をした少女の名前だよ」
職業柄で友の語り口も巧妙だったこともあり、ぞわっと身の毛がよだった。
「で、君はどうしたいんだ」
「保護する」
わずかな震えがあったが、一種の興奮と不安とが交じり合ったものなのかもしれない。
「親の名前や住所、他に覚えていることがないか、もちろん訊いてみた。だが、少女は頑なにこう答えるんだ。『私の王台はこの神社にしかありません』と」
「オウダイ?」
聞き慣れない言葉だ。
中空に人差し指で自分が知っている候補の漢字を幾つか書いてみる。
「王に台。蜂の巣には、『王台』という部屋があるんだ。そこに産み付けられた卵は羽化すると女王蜂となる。ただ、いくつかあるから一番早く生まれた者が女王蜂の資格を有するんだ」
話を聞きながら昔、実家で母が育てていた庭に集まる蜂が脳裏をよぎる。
「つまり、彼女は女蜂神社の神だと?」
「それも、あの当時の少女だと言い張るんだ」
「500年前の話だろう?」
友の言葉とは言え、今この場ですべてを鵜呑みにするには無理があった。とは言え、鼻から胡散臭い話とも言い切れない。
「あの時の美星の子孫なのかとも推測したのだが、『子孫なんかではない、私は日向権之助様亡きあと、生き永らえたのです』と明言したんだ」
「それは、腑に落ちないどころの騒ぎじゃないな……」
妖怪や化け物の類の言葉が喉まで出かかったがすぐに押し込んだ。
僕たちはその後、一分間、受話器を持ったまま無言で通した。
「健康状態は?」
「前置きが長くなったが、それを樹に診てもらいたくて連絡したんだ。病院に連れて行ったら、あの少女は間違いなく……」
「そうだな。表沙汰になって見世物と化する恐れがある。わかった、今すぐタクシーで向かう」
「悪いが、おまえしか頼める者がいない。恩に着る」
あの夜のことは、昨日のことのようにまざまざと思い出すことができる。
親友の道隆が、『帝王貝細工』を襲名して一年半が過ぎた頃、彼から電話がかかってきた。
扇風機を拭いていたアザミに代わって電話に出た。
「どうした、こんな時間に」
ふと見上げた壁時計は、まもなく日付を変えようとしている。
「実は、樹に聞いてもらいたいことがあるんだ」
声の調子から込み入った話になるとは予想できた。
「……悪いんだが、自分の部屋に移動できないか」
「わかった」
家の電話を抱えて隣の部屋まで運び、ドアを閉めた。
アザミは細かいことを気にしない性格なのでこういう時、本当に助かる。
「で、何があった?」
「実は……」
高校時代から気心の知れた間柄でもよほど打ち明けにくい内容なのだろう。電話の向こうで決めかねている様子なのが伝わってくる。
「話せることから話せば良い」
「ありがとう」
道隆改め帝王貝細工はいつも通りハスキーな声で言った。
「私が女蜂神をお祀りしている女蜂神社の由来を、樹も知っているだろう」
「ああ、もう大学の時に耳にタコができるくらい聞いたよ。500年前、大地震に見舞われる前に現れた少女がその大地震を予言したっていう」
「ああ。当時、領主争いで負けた日向権之助が少女の夢を見たことで、彼女の警告を信じて住民らに避難を呼びかけた。そのおかげで死者0人という奇跡を呼んだ。しかし、その土地で権力を掌握していた武将近藤林太郎がこれを良く思わない。結果、日向権之助は殺害され少女は行方知らずとなった」
話の肝が見えてこないので「フィクションだったか?」と思わず茶化してしまった。
「違う。樹、聞いて驚くな。初めに言っておくが、私の頭は正常だし、いたってしらふだからな。この話はフィクションどころか、その当時の少女が2004年7月20日つまり、昨夜私の前に姿を見せたのだ」
答えに詰まってしまった。
「いくらなんでもそれはないだろう。念のため質問するが、少女は何と名乗っているんだ?」
「自分は美星だと」
「ミホシ?」
「ああ。この名前は公にされていない。それどころか、代々帝王貝細工を襲名した者だけが知ることのできる名前だ」
「彼女は、何者だ?」
電話の受話器を持つ手を変え、それを耳に強く押し当てた。
「予言をした少女の名前だよ」
職業柄で友の語り口も巧妙だったこともあり、ぞわっと身の毛がよだった。
「で、君はどうしたいんだ」
「保護する」
わずかな震えがあったが、一種の興奮と不安とが交じり合ったものなのかもしれない。
「親の名前や住所、他に覚えていることがないか、もちろん訊いてみた。だが、少女は頑なにこう答えるんだ。『私の王台はこの神社にしかありません』と」
「オウダイ?」
聞き慣れない言葉だ。
中空に人差し指で自分が知っている候補の漢字を幾つか書いてみる。
「王に台。蜂の巣には、『王台』という部屋があるんだ。そこに産み付けられた卵は羽化すると女王蜂となる。ただ、いくつかあるから一番早く生まれた者が女王蜂の資格を有するんだ」
話を聞きながら昔、実家で母が育てていた庭に集まる蜂が脳裏をよぎる。
「つまり、彼女は女蜂神社の神だと?」
「それも、あの当時の少女だと言い張るんだ」
「500年前の話だろう?」
友の言葉とは言え、今この場ですべてを鵜呑みにするには無理があった。とは言え、鼻から胡散臭い話とも言い切れない。
「あの時の美星の子孫なのかとも推測したのだが、『子孫なんかではない、私は日向権之助様亡きあと、生き永らえたのです』と明言したんだ」
「それは、腑に落ちないどころの騒ぎじゃないな……」
妖怪や化け物の類の言葉が喉まで出かかったがすぐに押し込んだ。
僕たちはその後、一分間、受話器を持ったまま無言で通した。
「健康状態は?」
「前置きが長くなったが、それを樹に診てもらいたくて連絡したんだ。病院に連れて行ったら、あの少女は間違いなく……」
「そうだな。表沙汰になって見世物と化する恐れがある。わかった、今すぐタクシーで向かう」
「悪いが、おまえしか頼める者がいない。恩に着る」