20、遺された留守電メッセージ
文字数 2,110文字
テーブルを指先で叩く音と時計の針の音だけが部屋の中で生きていた。父の帰りを待つ間、僕はずっと液晶が割れたままの携帯とにらめっこ。
兵頭から裏生徒会メンバーに一斉送信されたメールは、要約すると、兵頭も乃瑛琉も軽傷で済んだという内容。乃瑛琉に関しては、軽傷の代償に女蜂としての記憶を失ったらしい。他のクラスメイトならば、この内容だけで十分理解できるのかもしれないが僕は難儀した。それでも、彼女の命に別条がないとわかって安堵できた部分はある。
兵頭には、「無事で良かった」と短く返すと、すぐに「サンキュ」と返ってきた。その後、簡単にシャワーを済ませる。
浴室から出ても、父が帰宅した気配はなかった。何かしていないと落ち着かないので、また携帯を操作する。すでにエリカに返してしまったハードディスクから転送しておいた美星の写真をふと眺める。
会いたい、会いたい、会いたい。
その純粋な想いを一瞬にして吹き飛ばすように右京ほたるの言葉がフラッシュバックした。心中、複雑だった。
本当の意味で自分を必要としている人はいるのだろうか。そんな弱気な考えが気分をどんどん暗く染める。
「ヨソモノか」
ひとりごちる。
じっとしていると気が滅入りそうなので携帯をいじっていると、ふいに留守電に残されたマサヤ伯父さんのメッセージを再生していなかったことを思い出せた。携帯は壊れたものと思っていたし、学級裁判があって入院してしまったため、留守電メッセージの存在を思い出す機会をすっかり失くしていた。
病室で家の電話に残されたメッセージを母から聞かせてもらったことを思い出す。
すぐに立ち上がり、家の電話の留守電を再生することにした。しかし、すべて消去されたのか『メッセージは0件』の表示。
あれほどの証拠を誰が?
母に電話してもう一度、聞こうと思い立ったが、時間が時間なだけに止めておいた。
再び座って、肘を立てた両こぶしに顔を埋めた。目を閉じ、あのメッセージを必死に思い出す。確か、耳元でブンブン蜂が飛び回っている音がするのに、どこにも蜂はいないと言っていた。さらに、ヨソモノカエレという言葉がどこからともなく聞こえてきたと。途中で降りてからは、何台か電車を見送ってからまた西芽八行きに乗ったとも口にしていたような気がする。
携帯の留守電を再生するにも勇気がいた。
今マサヤ伯父さんの声を聞いてしまうとネガティブな思考に追い打ちがかからなくなりそうだった。しかし、あの死の真相を知るにはこのメッセージを聞くほかない。
大きく息を吐いた。
恐る恐る再生ボタンに指を乗せる。
---丹司ー、おまえまだ寝てるのかぁ? それより、変なことを言うが、聞いて欲しい。起きた時はすこぶる調子が良かったんだが、電車に乗って西芽八に向かうと、急に気持ちが落ち込んできたんだ。なんだろうな。このあたりって、環境汚染でも進んでるか? また連絡する。
---おいおい、まだ寝てるのかー。約束忘れてるんじゃないだろうなー。つか、俺はさっき蜂に刺されたかも? ただ、ブンブン羽音は聞こえてこなかったんだよ。いつの間にか、おなかの部分が痒くて。同じ車両に誰もいないからTシャツめくってみたら赤く腫れあがっててさ。そっち着いたら、病院に行っても良いか?
---信じられないかもしれないが、聞いて欲しい。幻聴が聞こえてきた。おまけに気分が悪い。教え子の女子生徒を女として見たことが一度もないと言えばウソだし、仕事をさぼってライブへ行ったことも認める。普段の行いは悪い方かもしれないが、呪われるほど悪い奴じゃないと思ってる。ハックション
---丹司……。さっき刺してきたのはスズメバチだったのかもしれん。でも、何度も言うけどどこにもそんな蜂はいなかったんだよ。そんなことってあるか? あああ、やばい、呼吸が苦しくなってきた。電車止めてもらうわ。悪い、ダメだ、なんか目の前が……
余裕があった最初のメッセージから徐々にマサヤ伯父さんの容態が急変してくのがわかった。
どうしてすぐに、電話に出て迎えに行ってあげなかったのだろうか。
悔やんでも悔やみきれない感情がまた押し寄せる。
ここに手掛かりはないだろうか。
二、三度、再生を続ける。
腹部に刺されたかもしれないという言葉は気になった。自分もあの教室で、蜂の気配は感じられなかったが、結果的に刺された。
マサヤ伯父さんも、地元ではなく芽八市に入ってから刺されている。
「そういえば、北屋上で相沢が妙なことを口にしていたっけ」
---ヨソモノの鬼月くんには理解できないかもしれないけど、工藤さんは人間じゃないんだよ。限りなく人間に近い女蜂なんだよ
あの時は、切羽詰まった状況だったので深く質問はしなかった。
『限りなく人間に近い女蜂』とは?
敢えてそのままのキーワードでネット検索してみた。
ぴったりヒットした記事はゼロ。
本人に聞くのが手っ取り早かったが、今となってはそれも無意味。僕が知る乃瑛琉はもういない。
兵頭から裏生徒会メンバーに一斉送信されたメールは、要約すると、兵頭も乃瑛琉も軽傷で済んだという内容。乃瑛琉に関しては、軽傷の代償に女蜂としての記憶を失ったらしい。他のクラスメイトならば、この内容だけで十分理解できるのかもしれないが僕は難儀した。それでも、彼女の命に別条がないとわかって安堵できた部分はある。
兵頭には、「無事で良かった」と短く返すと、すぐに「サンキュ」と返ってきた。その後、簡単にシャワーを済ませる。
浴室から出ても、父が帰宅した気配はなかった。何かしていないと落ち着かないので、また携帯を操作する。すでにエリカに返してしまったハードディスクから転送しておいた美星の写真をふと眺める。
会いたい、会いたい、会いたい。
その純粋な想いを一瞬にして吹き飛ばすように右京ほたるの言葉がフラッシュバックした。心中、複雑だった。
本当の意味で自分を必要としている人はいるのだろうか。そんな弱気な考えが気分をどんどん暗く染める。
「ヨソモノか」
ひとりごちる。
じっとしていると気が滅入りそうなので携帯をいじっていると、ふいに留守電に残されたマサヤ伯父さんのメッセージを再生していなかったことを思い出せた。携帯は壊れたものと思っていたし、学級裁判があって入院してしまったため、留守電メッセージの存在を思い出す機会をすっかり失くしていた。
病室で家の電話に残されたメッセージを母から聞かせてもらったことを思い出す。
すぐに立ち上がり、家の電話の留守電を再生することにした。しかし、すべて消去されたのか『メッセージは0件』の表示。
あれほどの証拠を誰が?
母に電話してもう一度、聞こうと思い立ったが、時間が時間なだけに止めておいた。
再び座って、肘を立てた両こぶしに顔を埋めた。目を閉じ、あのメッセージを必死に思い出す。確か、耳元でブンブン蜂が飛び回っている音がするのに、どこにも蜂はいないと言っていた。さらに、ヨソモノカエレという言葉がどこからともなく聞こえてきたと。途中で降りてからは、何台か電車を見送ってからまた西芽八行きに乗ったとも口にしていたような気がする。
携帯の留守電を再生するにも勇気がいた。
今マサヤ伯父さんの声を聞いてしまうとネガティブな思考に追い打ちがかからなくなりそうだった。しかし、あの死の真相を知るにはこのメッセージを聞くほかない。
大きく息を吐いた。
恐る恐る再生ボタンに指を乗せる。
---丹司ー、おまえまだ寝てるのかぁ? それより、変なことを言うが、聞いて欲しい。起きた時はすこぶる調子が良かったんだが、電車に乗って西芽八に向かうと、急に気持ちが落ち込んできたんだ。なんだろうな。このあたりって、環境汚染でも進んでるか? また連絡する。
---おいおい、まだ寝てるのかー。約束忘れてるんじゃないだろうなー。つか、俺はさっき蜂に刺されたかも? ただ、ブンブン羽音は聞こえてこなかったんだよ。いつの間にか、おなかの部分が痒くて。同じ車両に誰もいないからTシャツめくってみたら赤く腫れあがっててさ。そっち着いたら、病院に行っても良いか?
---信じられないかもしれないが、聞いて欲しい。幻聴が聞こえてきた。おまけに気分が悪い。教え子の女子生徒を女として見たことが一度もないと言えばウソだし、仕事をさぼってライブへ行ったことも認める。普段の行いは悪い方かもしれないが、呪われるほど悪い奴じゃないと思ってる。ハックション
---丹司……。さっき刺してきたのはスズメバチだったのかもしれん。でも、何度も言うけどどこにもそんな蜂はいなかったんだよ。そんなことってあるか? あああ、やばい、呼吸が苦しくなってきた。電車止めてもらうわ。悪い、ダメだ、なんか目の前が……
余裕があった最初のメッセージから徐々にマサヤ伯父さんの容態が急変してくのがわかった。
どうしてすぐに、電話に出て迎えに行ってあげなかったのだろうか。
悔やんでも悔やみきれない感情がまた押し寄せる。
ここに手掛かりはないだろうか。
二、三度、再生を続ける。
腹部に刺されたかもしれないという言葉は気になった。自分もあの教室で、蜂の気配は感じられなかったが、結果的に刺された。
マサヤ伯父さんも、地元ではなく芽八市に入ってから刺されている。
「そういえば、北屋上で相沢が妙なことを口にしていたっけ」
---ヨソモノの鬼月くんには理解できないかもしれないけど、工藤さんは人間じゃないんだよ。限りなく人間に近い女蜂なんだよ
あの時は、切羽詰まった状況だったので深く質問はしなかった。
『限りなく人間に近い女蜂』とは?
敢えてそのままのキーワードでネット検索してみた。
ぴったりヒットした記事はゼロ。
本人に聞くのが手っ取り早かったが、今となってはそれも無意味。僕が知る乃瑛琉はもういない。