1、転校先はドキワクッ
文字数 1,477文字
中学二年生の七月、父の急な都合で転勤が決まった。
僕が生まれるよりずっと以前、ソウルメイトと数年間、一緒に住んでいたことがある土地らしい。ソウルメイトだなんて聞いてて恥ずかしくなるが、本当はそう呼べる友人がいることがちょっと羨ましくもあった。
登校初日は、ざあざあ降りだった。そのせいではないだろうが、担任となる岡林先生が初対面にもかかわらずなかなか冷たい態度を見せた。
「転職、転倒、転校生……頭に転がつく単語には、ロクなものがないなぁ」
教室へ移動中に、甲高い声でブツブツとおかしなことを呟く。思わず僕は、「うしろにつけば、好転、栄転、良いことばかりですよ」と後ろから笑顔で皮肉を言ってみせるが、岡林先生はうっとうしそうに一瞥し、口を閉ざした。初めての転校で緊張していたはずだが、おかげで吹き飛んでしまった。40代前半だろうが、安っぽい葱色のスーツ、深いほうれい線、頭部の薄さのトリプル攻撃が実年齢より老けて見せていた。あだ名は、キツネかザビエルか。とにかくパッとしない。
先生の背中を見ながらそんなことを考えているうちに、教室の前まで来ていた。
「とっくにチャイム鳴ってるぞおまえら! とっとと席に着け!」
その怒声にひとり残らず生徒たちは自分の席につく。
パッと室内を見渡すと、ほとんどが女子で、男子は三人しかいない。前の中学ではあり得ない光景だった。
「何を血迷ったのか東京から転校してきた生徒だ。早速、自己紹介してもらう!」
思わず耳を疑ったが、周囲の反応が変わらないところを見ると通常通りなのかもしれない。
「どうも、鬼月丹司と言います。町を散策することとパソコンが趣味です。ただ、人よりナビをうまく使いこなせるはずなのに、それを上回る方向音痴です。校内で迷子になっていたら助けてやってください。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」
何人かの女子のクスリとした笑い声が聞こえたが、それを即座にかき消すように岡林先生が「あそこの席に座れ」と厳命した。運よく僕が好きな窓側の一番後ろの席だった。正面の男子も右隣の女子も不愛想だったが、同じ不愛想ならがぜん不愛想な女子をとる。机の横に鞄をかけながら右隣の子を盗み見た。
耳は隠れるが肩まではつかないくらいの長さの黒髪で、ややくせっ毛。前髪は短めで、今まで出会った誰よりも艶のある髪だ。顔は小さく凛としており、服装によっては少年っぽい魅力が引き出されそうな顔立ちだ。肘や手首も細い。
「もしかして、声かけようとしてる?」
こちらの視線に気づかれた。
「よろしくお願いします」
相手はニコリともしない。
男に媚びるでも、自分をよく見せようともせず、やや面倒そうに淡々と話しかけてきた。
「席替えはしないから一応覚えといて。右京ほたる。でも、基本私は忙しいから、学校のことで分からないことがあれば、最前列で寝てる生徒会長のエリカを頼ると良いわ」
名乗ってすぐに忙しいと続けるのも珍しい。
少し冷たい口調だが、裏表がなさそうな第一印象だ。
「ありがとう、右京さん。それにしても、生徒会長なのに授業中にうたた寝って、凄いね……」
最前列に視線を向けると、確かにエリカと呼ばれる生徒は突っ伏して寝ていた。生徒会長とは言え、髪の色が明るかったことも気がかりだったが、授業が始まっても尚、怒りっぽい岡林先生が彼女になにひとつ注意しないことの方が疑問だった。まさか、生徒会長のエリカと特別な関係にあるのだろうか。それとも、エリカの両親がこの町の権力者?僕の憶測は尽きなかった。
僕が生まれるよりずっと以前、ソウルメイトと数年間、一緒に住んでいたことがある土地らしい。ソウルメイトだなんて聞いてて恥ずかしくなるが、本当はそう呼べる友人がいることがちょっと羨ましくもあった。
登校初日は、ざあざあ降りだった。そのせいではないだろうが、担任となる岡林先生が初対面にもかかわらずなかなか冷たい態度を見せた。
「転職、転倒、転校生……頭に転がつく単語には、ロクなものがないなぁ」
教室へ移動中に、甲高い声でブツブツとおかしなことを呟く。思わず僕は、「うしろにつけば、好転、栄転、良いことばかりですよ」と後ろから笑顔で皮肉を言ってみせるが、岡林先生はうっとうしそうに一瞥し、口を閉ざした。初めての転校で緊張していたはずだが、おかげで吹き飛んでしまった。40代前半だろうが、安っぽい葱色のスーツ、深いほうれい線、頭部の薄さのトリプル攻撃が実年齢より老けて見せていた。あだ名は、キツネかザビエルか。とにかくパッとしない。
先生の背中を見ながらそんなことを考えているうちに、教室の前まで来ていた。
「とっくにチャイム鳴ってるぞおまえら! とっとと席に着け!」
その怒声にひとり残らず生徒たちは自分の席につく。
パッと室内を見渡すと、ほとんどが女子で、男子は三人しかいない。前の中学ではあり得ない光景だった。
「何を血迷ったのか東京から転校してきた生徒だ。早速、自己紹介してもらう!」
思わず耳を疑ったが、周囲の反応が変わらないところを見ると通常通りなのかもしれない。
「どうも、鬼月丹司と言います。町を散策することとパソコンが趣味です。ただ、人よりナビをうまく使いこなせるはずなのに、それを上回る方向音痴です。校内で迷子になっていたら助けてやってください。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」
何人かの女子のクスリとした笑い声が聞こえたが、それを即座にかき消すように岡林先生が「あそこの席に座れ」と厳命した。運よく僕が好きな窓側の一番後ろの席だった。正面の男子も右隣の女子も不愛想だったが、同じ不愛想ならがぜん不愛想な女子をとる。机の横に鞄をかけながら右隣の子を盗み見た。
耳は隠れるが肩まではつかないくらいの長さの黒髪で、ややくせっ毛。前髪は短めで、今まで出会った誰よりも艶のある髪だ。顔は小さく凛としており、服装によっては少年っぽい魅力が引き出されそうな顔立ちだ。肘や手首も細い。
「もしかして、声かけようとしてる?」
こちらの視線に気づかれた。
「よろしくお願いします」
相手はニコリともしない。
男に媚びるでも、自分をよく見せようともせず、やや面倒そうに淡々と話しかけてきた。
「席替えはしないから一応覚えといて。右京ほたる。でも、基本私は忙しいから、学校のことで分からないことがあれば、最前列で寝てる生徒会長のエリカを頼ると良いわ」
名乗ってすぐに忙しいと続けるのも珍しい。
少し冷たい口調だが、裏表がなさそうな第一印象だ。
「ありがとう、右京さん。それにしても、生徒会長なのに授業中にうたた寝って、凄いね……」
最前列に視線を向けると、確かにエリカと呼ばれる生徒は突っ伏して寝ていた。生徒会長とは言え、髪の色が明るかったことも気がかりだったが、授業が始まっても尚、怒りっぽい岡林先生が彼女になにひとつ注意しないことの方が疑問だった。まさか、生徒会長のエリカと特別な関係にあるのだろうか。それとも、エリカの両親がこの町の権力者?僕の憶測は尽きなかった。